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社説・コラム

『潮流』 うそは申しません

■東京支社編集部長 下久保聖司

 作家の小林信彦さんは「現代〈死語〉ノート」(岩波新書)の1960年のコーナーで、時の首相池田勇人氏の発言を「流行語大賞ものである」と皮肉っている。「私はうそは申しません」である。

 所得倍増計画などで戦後政治史に名を残した宰相は同年11月の衆院選で、総裁を務める自民党のテレビCMに登場。社会保障の充実、大規模減税、経済繁栄政策の実行を約束し、先の言葉で訴えた。国のトップとしては言わずもがな。岸政権下の60年安保闘争で高まった政治不信を意識してのことだろう。

 その池田氏の孫娘を妻とし、衆院広島5区を地盤とする寺田稔総務相が「政治とカネ」問題を巡って、野党の追及を受けている。

 竹原の後援会が故人を会計責任者として収支報告書に記載。自身の自民党支部と呉の後援会は事務所賃料の名目で妻に10年間で2千万円以上を払っていた。後援会が受けた複数の領収書は筆跡が似ているとして、「偽造だ」と突き上げられている。

 政治資金を所管する大臣としての資質を問う声が出る中、寺田氏は国会の答弁で「事務的なミスだ」「確認中」などと繰り返す。池田氏と同じ大蔵省(現財務省)の官僚出身で、ともに地方の税務署長も経験。うっかりミスで済む話ではなかろう。

 今春まで3年間、担当記者として取材した印象は「気骨の人」。歴代政権が背を向ける核兵器禁止条約を評価し、締約国会議へのオブザーバー参加は「将来ありうることだ」と唱えた。河井克行元法相夫妻の大規模買収事件では、自民党本部が実態解明を続けるべきだと主張した。

 自らに降りかかった疑惑という火の粉。事実と異なる答弁をすれば進退はもちろん、政治生命に直結する。慎重に発言するにしても、やましいところがないなら断言すればいい。「私はうそは申しません」と。

(2022年11月15日朝刊掲載)

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