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社説・コラム

[歩く 聞く 考える] 論説主幹 宮崎智三 迷走 岸田政権

「安倍政治」と決別できるか

 岸田政権が迷走している。閣僚の辞職ドミノに続き、岸田文雄首相も、広島県選管に出した昨年の衆院選の収支報告書に添付した領収書に不備があったことが報じられた。

 2019年の参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件を厳しく追及していたのが一転、今度は自らの「政治とカネ」問題が浮上するとは…。これでは、内閣支持率の低下傾向に歯止めはかかるまい。

 地元広島で来年5月に先進7カ国首脳会議(G7サミット)を開催する道筋を付けたのに、政権の足元が揺らいでいる。サミットまで持つのか、といった感じさえ漂ってきた。

 7月の参院選に勝った時は、大きな国政選挙がしばらくない「黄金の3年間」を手に入れ、思うような政権運営ができると考えていたはずだ。思惑が外れてしまった。

 安倍晋三元首相の銃撃事件、それで明るみに出た世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党との関係、安倍氏の「国葬」への根強い異論など想定外の事態が相次いだ。それらが支持率急落につながった。

 ただ、政権の「一丁目一番地」、つまり何をやりたいのか、が見えてこないことも影を落としている。

 「核なき世界」こそ一丁目一番地だと思う人も多かろう。確かに何度も明言している。そのために広島サミット開催も考えたに違いない。

 とはいえ、外交ではなく、政権の考える国政の優先順位をまずは示す必要がある。例えば小泉改革の郵政民営化といったように。岸田政権は今、敵基地攻撃能力を含む防衛費倍増や、原発回帰に力を入れているようだが、どちらも安倍政権がやり残した宿題ではないか。本当にやりたいことなのか、疑問を感じる。

 昨年の自民党総裁選で岸田氏は、「令和版所得倍増計画」や、成長と分配の好循環といった経済再生策を強く打ち出した。安倍政権下での長きにわたるアベノミクスで、株価は上がったが、賃金はさほど増えず、格差の解消も進まなかった。その反省があったはずだ。

 岸田氏率いる自民党の派閥「宏池会」の創設者、池田勇人氏を思い出す。首相就任時「わしは経済でいくぞ」と側近に宣言したという。実際に所得倍増計画を着実に進め、経済大国の礎を築いた。そんな経緯もあって、「令和版」に期待した人も多かったのではないか。

 それには、「安倍政治」との決別が岸田政権に求められる。なぜか、は岸田氏自身も分かっていよう。安倍氏を国葬にした理由の説明で経済再生などの功績を挙げていた。しかし国葬の翌週の所信表明演説では「日本経済を必ず再生させます」と力を込めた。富裕層や大企業優遇のアベノミクスが経済を再生できなかったことを岸田氏が、かみしめている証しだろう。アベノミクスの功罪検証が経済再生には欠かせない。

 総裁選で岸田氏が述べた「政治に国民の声が届いていない」「民主主義の危機」という言葉も示唆的だ。国会を軽んじ異論に耳を傾けない安倍氏の姿勢は、宏池会の先輩の池田氏や大平正芳氏とは対極にある。

 気になるのは、岸田氏の決断力の乏しさや、意志の弱さだ。

 5年前、外相だった岸田氏の振る舞いに失望させられた。国際社会で核兵器禁止条約の制定機運が盛り上がり、交渉会議が国連で開かれることになった。会議参加に岸田氏は前向きだったが、安倍政権は認めず、断念せざるを得なかった。

 首相を説得して参加するか、外相をやめるか。核なき世界という政治信念を貫くなら道はあった。しかし岸田氏はどちらも選ばなかった。

 政権を禅譲してもらう戦略だったため、安倍氏に反旗を翻せなかったのだろう。政治判断としては、あり得ることかもしれない。しかし安倍氏を説得する覚悟もないのに、核保有国に廃絶を迫れるのだろうか。

 いつまでも安倍氏に忖度(そんたく)する必要はない。「1強」のおごりや緩みの目立った「安倍政治」とは距離を置き、国民の声に改めて「聞く力」を発揮し、経済再生や民主主義活性化に注力すべきである。問題は、岸田氏に決別する気があるかどうかだ。

(2022年11月24日朝刊掲載)

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