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社説・コラム

社説 防衛力強化の提言 冷静で抑制的な議論を

 戦後の安全保障政策を大転換する提言に、前のめり感が拭えず、危うささえ感じる。

 政府の有識者会議(座長・佐々江賢一郎元駐米大使)が岸田文雄首相に提出した防衛力強化に関する報告書である。

 政府が「反撃能力」と表現する敵基地攻撃能力の保有に踏み込み、裏付けとなる財源は「国民全体の負担」が必要として増税も提起した。いずれも5年以内の実現を目指す、岸田政権の意に沿った内容になっている。

 だが、わずか2カ月足らず、計4回の会合で深掘りできるような軽いテーマなのだろうか。首相は与党協議を経て、「国家安全保障戦略」など年内に改定する防衛3文書に反映させる方針だが、提言を「お墨付き」として利用されては困る。

 提言は、憲法9条下で専守防衛を国是としてきた、従来の国防政策の見直しに直結する。国会でとことん議論を尽くすことがまずは欠かせない。

 報告書が敵基地攻撃能力として「5年を念頭に十分な数を装備するよう求めた」長射程ミサイルの扱いにも課題がある。

 政府は米国製巡航ミサイル「トマホーク」の取得を検討しているが、現状はトマホークでの攻撃が許されるのかどうかさえ議論は進んでいない。例えば北朝鮮が運用する移動式発射台は探知が難しく、目標を間違えて発射すれば国際法違反の先制攻撃となる恐れがある。

 佐々江座長は「戦争を抑止するためには力を持たねばならない」と強調した。だが、日本がミサイルを配備することは周辺国との緊張を高め、軍備拡大の口実を与えかねない。衝突の危険を未然に防ぐ、したたかな外交戦略も必要だろう。

 一方で軍事技術の開発競争はすさまじい。ミサイルだけでなく、宇宙、サイバーなどの先端技術開発に後れを取ることが許されないことは理解できる。最先端の研究開発や、自衛隊の公共インフラの利用促進などの提言は進めるべきだ。

 専守防衛を国是とし、対国内総生産(GDP)比1%枠を尊重してきた日本の防衛費は2022年度5兆4千億円。世界9位の水準である。自民党がうたう2%にまで増やせば米国、中国に次ぐ規模になる。そこまでの増強が必要ならば、明確な数字を厳密に積み上げて判断しなくてはならない。

 防衛費増強のもう一つの課題は財源だ。毎年6兆円近い増額ならば、国民1人当たりの負担増は5万円近くになる。

 報告書は、歳出削減による捻出に努めるとしながら、足りない分は「国民全体で負担」するように求めた。国民は租税のほか年金や医療、介護などの社会保険料も増え続けている。物価高が追い打ちをかける中、さらなる負担増を求めることが許される状況とは思えない。

 報告書は「国債発行が前提であってはならない」とするが、将来に負担をつけ回す国債頼みの声が自民党内にはなお強い。日本は過去に戦時国債で軍事費を膨らませた挙げ句、終戦で紙くずになり国民を苦しめた。米国との軍拡競争で大国ソ連が崩壊したことも遠い昔ではない。

 防衛力増強は必要だとしてもその前に国民生活が立ち行かなくなっては元も子もない。政府は前のめりでなく、冷静で抑制的な議論を積み上げるべきだ。

(2022年11月24日朝刊掲載)

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