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社説・コラム

『潮流』 冬の始まりに

■編集委員室長 木ノ元陽子

 師走になると同時に、空気がりんと冷たくなった。冬を迎え、政府は「無理のない範囲で」と節電を呼びかける。厚い靴下や湯たんぽを引っ張り出しながら、思いをはせるのはウクライナの人々のこと。

 発電所などのエネルギー施設を、ロシア軍が執拗(しつよう)に攻撃している。氷点下まで冷え込む中、各地で大規模な停電が起きている。暗闇と強烈な寒さが暮らしを覆う。ロシア軍は冬という季節を「武器」にしたいようだ。ウクライナの民を、精神的にも肉体的にも追い込もうというのか。

 「みんな、心を一つにして闘っている」。ウクライナ出身の音楽教師ホンチャリック・ナターリヤさん(47)=広島市安佐南区=はそう言って涙を拭う。そして、首都キーウで暮らす友人から携帯電話に届いたメッセージを読んで聞かせてくれた。

 停電で街は真っ暗だがパニックに陥る人はいないこと。商店やガソリンスタンドは自家用の発電機で営業を続けていること。略奪なども起きていないこと。信号は停止しているが車は道を譲り合って走行していること…。寒さに凍えながらも、秩序ある暮らしを懸命に守ろうとする市民の様子が書かれていた。

 「実際の過酷さは計り知れない」とナターリヤさんは友人の顔を思い浮かべる。「でもウクライナ人は一歩も下がらない。降参なんてあり得ない。だってこれまでにどれだけの命が犠牲になったか。どんなことがあっても誇りを持って前に進むだけ。みんな、そう思っています」

 米航空宇宙局(NASA)が公開した欧州の夜の衛星画像。各国からまばゆい光が放たれる中、ウクライナだけが暗く沈む。この闇の下にある人々の営みに心を重ねたい。おのずと電気を大切に使う気持ちが湧いて出る。そして自分にできる支援を探していこう。長く厳しい冬は始まったばかりだ。

(2022年12月1日朝刊掲載)

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