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社説・コラム

社説 「敵基地攻撃能力」の保有 専守防衛 骨抜き許せぬ

 日本の掲げてきた専守防衛が骨抜きにされようとしている。

 自民、公明両党はきのう、相手がミサイルを発射する前に基地などをたたく「敵基地攻撃能力」の保有で合意した。名称を「反撃能力」と言い換え、政府は年内に改定する国家安全保障戦略など安保関連3文書に明記する方針だ。日本の防衛政策の大転換となる。

 敵基地攻撃能力の保有とは、海を越えて外国の領域を攻撃する長い射程のミサイルを持つことである。検討の背景には、ロシアのウクライナ侵攻や中国の軍事的活動、北朝鮮の核ミサイル開発など、日本を取り巻く環境の激変がある。

 歴代政権は敵基地攻撃能力を憲法で認められた自衛権の範囲内としてきた。にもかかわらず保有を見合わせてきたのは、周辺国に脅威を与える兵器を持つことが平和主義を掲げる憲法の趣旨に反すると考えてきたからだ。その重みを顧みるべきではないか。

 自公両党は、北朝鮮や中国が開発を進める極超音速や変則軌道で飛ぶ高性能ミサイルを念頭に、現行のミサイル防衛網で阻止するのは困難だとの認識で一致。ミサイル攻撃を思いとどまらせるため、敵基地攻撃能力の保有で抑止力向上を図る必要があると判断した。

 行使は相手の発射着手を把握した段階で可能としている。だが、攻撃に踏み切るタイミングの基準は示していない。これでは、歯止めがないに等しい。

 北朝鮮が運用する移動式発射台など、発射方法は多様化している。相手が発射する兆候を事前に把握するのが難しい中で、着手の判断を誤れば国際法が禁じる先制攻撃になる。

 発動の対象も「必要最小限の措置の範囲で個別に判断する」と拡大解釈の余地を残した。1回のミサイル攻撃で相手国を沈黙させられるとは限らず、強力な反撃を受ける危険がある。

 日本と密接な関係にある他国への攻撃も行使の対象となる。想定されるのは安全保障条約を結ぶ米国である。

 敵基地攻撃能力の保有は5月の首脳会談で対米公約した「防衛力の抜本的強化」の一環とみられる。自衛隊は守りに徹し、打撃力を米軍に依存する日米の役割分担の変更を意味する。

 仮に台湾有事で米国が軍事介入し、これを日本の安全が脅かされる「存立危機事態」と認定すれば、集団的自衛権として行使することも排除していない。

 専守防衛を形骸化する実態を生み出すことで、憲法9条の改正まで進めていこうとする意図を感じざるを得ない。

 ミサイルの大量配備を進めながら「専守防衛の理念に変更はない」といくら強調しても、周辺国や国際社会にどこまで伝わるだろうか。敵基地攻撃能力が本当に抑止力として機能するのか、冷静な判断が求められる。国民的な議論を欠いたまま、なし崩しに保有を決定することは許されない。

 日本が力を注ぐべきは、地域の緊張を緩和し、相手国との接点を探り続ける外交努力である。岸田文雄首相は先月、中国の習近平国家主席と3年ぶりに対面で首脳会談を行った。直接対話は再開したばかりだ。北朝鮮に核ミサイル開発を思いとどまらせる国際的な枠組みづくりにも、もっと汗をかくべきだ。

(2022年12月3日朝刊掲載)

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