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連載・特集

「核なき世界」 被爆地で探る 国際賢人会議 あすから広島で初会合

 核兵器廃絶の道筋を探るため、日本政府が10、11日に広島市で初会合を開く国際賢人会議は、核を巡る厳しい国際情勢下で議論に入る。核兵器保有国と、核兵器禁止条約に加盟した非保有国の間で溝が深まっていたところに、核超大国のロシアがウクライナに侵攻したためだ。国内外15人の「賢人」たちは各国へ橋を渡し、「核兵器のない世界」へ導けるのか。現状を整理した。(小林可奈、宮野史康)

核兵器保有国・非保有国 深まる溝 日本政府 問われる手腕

 世界では、核拡散防止条約(NPT)で核兵器保有を認められた米国、ロシア、英国、フランス、中国の五大国に加え、NPT未加盟のインド、パキスタン、イスラエルと脱退を宣言した北朝鮮も核兵器を持つ。9カ国の核弾頭数(1月時点)は1万2705発。1980年代の約7万発をピークに減少した。

 この歯車を逆回転させかねないのがロシアだ。ウクライナに侵攻した2月以降、プーチン大統領が核兵器の使用を示唆する発言を繰り返した。米バイデン政権も10月公表の核戦略指針で「攻撃を抑止し安全を守るため、核戦力を維持する」と対抗。核弾頭の約9割を握る米ロ二大国による核軍縮の機運は乏しい。

 ウクライナ危機では「核による威嚇で攻撃を未然に防ぐ」という核抑止論が勢いを増した面もある。ドイツやイタリアなどの非保有国が米英仏とつくる「核同盟」の北大西洋条約機構(NATO、30カ国)に、ロシアと近接するスウェーデンとフィンランドが加盟を申請し、認められた。

 米国の同盟国である日本や韓国、オーストラリアも米国の「核の傘」を頼る。日本では「核共有」の議論も一部の政治家から出た。

 これに対し、非保有国のオーストリアやメキシコなど122カ国・地域は2017年に核兵器禁止条約をつくった。核兵器の保有だけでなく、脅しなどを全面的に違法化し、すでに68カ国・地域が批准した。安全保障を核兵器に頼らず、速やかに廃絶を目指す立場が世界で多数派であるにもかかわらず、保有国は核兵器の威力にすがり、禁止条約に反発を続けている。

 核兵器の廃絶へ、これまでも広島でさまざまな国際会議が開かれたが、被爆者の願う一日も早い廃絶にはつながっていない。被爆地選出の岸田文雄首相が旗を振る今回の国際賢人会議。有識者に加え、核政策に携わってきた実務者を招く中、実りある議論へ、被爆国政府の手腕が問われる。

国際賢人会議の委員

<名前(敬称略)、かっこ内は肩書、国外は出身国>
 【国内】座長 白石隆(熊本県立大理事長)▽高見沢将林(東京大公共政策大学院客員教授)▽秋山信将(一橋大国際・公共政策大学院院長)
 【国外】アンゲラ・ケイン(元国連事務次長兼国連軍縮担当上級代表、ドイツ)▽ローズ・ガテマラー(元米国務次官、米国)▽ジョージ・パーコビッチ(カーネギー国際平和財団副会長、米国)▽グスタボ・スラウビネン(第10回NPT再検討会議議長、アルゼンチン)▽イアン・アンソニー(ストックホルム国際平和研究所ヨーロッパ安全保障プログラムディレクター、英国)▽ブルーノ・テルトレ(戦略研究所副所長、フランス)▽ディナ・カワール(駐米ヨルダン大使、ヨルダン)▽マルティ・ナタレガワ(元インドネシア外相、インドネシア)▽マンプリート・セティ(空軍力研究センターフェロー、インド)▽ターニャ・オグルビー・ホワイト(核軍縮・不拡散アジア太平洋リーダーシップ・ネットワークリサーチディレクター、ニュージーランド)▽アントン・フロプコフ(エネルギー・安全保障研究センター長、ロシア)▽趙通(カーネギー国際平和財団シニアフェロー・プリンストン大客員研究員、中国)

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橋渡し役へ 「核の傘」からの脱却不可欠

ICAN・フィン事務局長
 「核兵器のない世界」に向けて求められる国際賢人会議の役割とは何か。オンラインで中国新聞のインタビューに応じた非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))のベアトリス・フィン事務局長(40)は、各国政府の行動につながる具体的な提言の必要性を訴える。

  ―核兵器を巡る国際情勢が緊迫しています。
 ウクライナで戦争が起き、ロシアが「核の脅し」をする現状はとても危険だ。ただ、核兵器に頼ろうとする国がある一方で、より多くの国が核兵器禁止条約に署名・批准し、禁じる方向を選んでいる。(11月に開催された)20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の宣言も「核兵器の使用や使用の脅しは許されない」とうたった。好ましい状況もある。

  ―今回の国際賢人会議に何を期待しますか。
 例えば、核兵器の役割を減らしたり、使用の威嚇を非難したりするために何ができるのか。理論ではなく実用的な言葉で、核兵器に頼らないための方策を話し合うことが大切だ。また、核兵器への依存を減らすために、「核の傘」に頼る国はそれぞれどのような取り組みができるか、具体的な提言を出してほしい。

  ―日本政府への要望は。
 どのような提言になるかにもよるが、それを実行に移してほしい。自らが行動しなければ前進できない。

  ―日本政府は核兵器保有国と非保有国の「橋渡し」役になれるでしょうか。
 橋渡し役を果たせると思うが、そのためには今の姿勢を改めなければならない。核兵器に頼ったままでは橋渡し役とは言えない。米国と同盟関係を維持しながらも、核兵器禁止条約の賛同へ動く必要がある。

  ―被爆地で開く意義は。
 核兵器が市民や都市に何をもたらすかを示す広島は、核兵器について考え、それを語る上でとても重要な場所だ。来年の先進7カ国首脳会議(G7サミット)に向けても良いステップになるだろう。国際賢人会議の出席者は被爆者と対話をしてほしい。被爆者こそ、核兵器がもたらす影響を最もよく知る人々なのだから。

Beatrice Fihn
 スウェーデン・イエーテボリ出身。別のNGO勤務を経て2014年からICAN事務局長を務めてきたが、23年1月末で退任予定。

(2022年12月9日朝刊掲載)

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