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社説・コラム

社説 防衛費増額 首相表明 議論欠く唐突な方針だ

 防衛費増額が本当に必要か。議論や検証がないままの方針には疑問を感じざるを得ない。

 岸田文雄首相が2023年度から5年間の防衛費を総額約43兆円とする方針を打ち出した。22年度までの5年間と比べ1・5倍になる。従来の国内総生産(GDP)比1%枠を27年度には2%まで倍増させるという。

 実現すれば、安全保障政策の大転換になる。首相は内容、予算規模、財源を一体議論すると強調してきたのに、唐突に翻して財源確保に増税までも表明した。「具体的かつ現実的に議論し、積み上げる」とした説明はどこに行ったのか。そもそも参院選で増税に触れておらず、明らかな公約違反だ。

 政府は現在、国家安全保障戦略など安保関連3文書を改定する作業を進めている。議論はそれを待ってから始めるのが筋のはずだ。43兆円という数字を上げ、いきなり関係閣僚に指示する首相の対応は拙速のそしりを免れない。

 増額した予算で整備が取り沙汰されているのは、長距離ミサイルやイージス・システム搭載艦である。ミサイルは「敵基地攻撃能力」の保有を具体化し、国是である専守防衛を空洞化させるものだ。イージス搭載艦は費用対効果が低く、実効性に乏しいという指摘がもっぱらだ。

 無駄な事業を削り、最小限の予算で最大限の効果を上げる努力を尽くしたのか。予算編成の原則を軽んじるような数字の独り歩きは国を危うくし、容認できない。防衛力強化に歯止めがかからなくなる懸念が強い。

 そもそも日本の防衛費は今でも世界9位の規模だ。2%に増やせば米国、中国に次ぐ3位になる。しかも日米安全保障条約に基づき、米軍には沖縄をはじめ多くの国土と費用を提供している。そんな日本に防衛費倍増が必要だろうか。

 米国はトランプ政権下の20年から同盟国に防衛予算のGDP2%確保を求めてきた。首相も5月の日米首脳会談でバイデン大統領に増額を約束している。

 首相の唐突な方針の表明は、必要な予算を積み上げた結果ではなく、米国への追随に軸足を置いたものだと言わざるを得ない。

 求められるのは国民が納得できる議論である。にもかかわらず、年4兆円に及ぶ増額分の財源探しが政府・与党で始まっている。順序が逆だ。

 日本は1千兆円を超す財政赤字に直面している。年金は目減りし、医療や介護費用は増え続けている。少子化や景気などの対策は待ったなしだ。国民へさらなる負担を強いることを、簡単に考えてもらっても困る。

 際限ない軍拡競争が起きれば国民生活はさらに傷む。財政や為替の安定も必要であり、安保政策は防衛力強化だけではないことを首相は意識すべきだ。

 中国、北朝鮮の脅威やロシアのウクライナ侵攻を受け、国民の防衛力に対する関心は高まっている。こういう時だからこそ冷静に、抑制の利いた防衛政策を目指すことが重要だ。外交や対話に力を注ぐことが平和国家日本に課された使命である。

 今の政府の姿勢は見切り発車で増額に走っているようにしか見えない。安保政策の歴史的大転換と負担増を、国民の了解もなしに既成事実化することは許されない。

(2022年12月13日朝刊掲載)

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