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社説・コラム

天風録 『カレンダーと豆腐』

 この時季になると、お付き合いのある企業や団体から新しいカレンダーが職場に届く。便利さが第一の性分から、日付の下が四角いメモ欄になっているタイプを手に取る。作家の向田邦子さんも愛用した▲幼い頃に豆腐店で見た光景を向田さんは重ね合わせた。「ひと月というのは、豆腐を何丁も積み上げたもの」。水槽に浮かぶ1丁ずつを一日に見立てた。不本意に終わった日は崩れた豆腐のようだと。対して納得いく日は「スウッと包丁の入った、角の立った白い塊(かたま)り」と例える▲ことしも残り2週間余り。カレンダーをめくり振り返る。湯豆腐のように体の芯を熱くしてくれたのはサッカー日本代表が大金星を飾った日。そこから月をさかのぼっていくと、改めて激動の年だったと実感する▲記者という職業柄、世間を震撼(しんかん)させた出来事もカレンダーに記している。元首相が凶弾に倒れた7月8日、ロシアがウクライナに攻め込んだ2月24日…。メモ欄の字はいつもより大きい。暴力や戦争への憤りを込めて▲「崩れそうで崩れない、やわらかな矜持(きょうじ)がある」。向田さんは豆腐をこうも表現した。人の世もそうありたい。来年は365丁に、どんな言葉を添えるのだろう。

(2022年12月15日朝刊掲載)

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