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社説・コラム

反撃能力保有 識者に聞く

  政府は16日、防衛力強化に向けた新たな「国家安全保障戦略」など安保関連3文書を閣議決定した。反撃能力(敵基地攻撃能力)保有を明記し、長射程の米国製巡航ミサイル「トマホーク」の2026年度配備を目指す。23年度から5年間の防衛費総額は約43兆円で、19~23年度の1・5倍を超える異例の増額。集団的自衛権行使容認に続く安保政策の歴史的転換となり、軍拡競争への懸念は否めない。反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有は戦争抑止につながるのか。日本が原則とする専守防衛は保てるのか。自民党の石破茂元防衛相と、元防衛官僚で内閣官房副長官補を務めた柳沢協二氏に聞いた。

石破茂 元防衛相

法的問題なく備え必要

 敵基地攻撃能力の論議は1956年にさかのぼる。当時の鳩山一郎首相は「座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とは考えられない。必要最小限度の措置を取ることは法理的には自衛の範囲に含まれ可能である」との見解を示した。相手が攻撃に着手したら日本は反撃できる。能力を持つことは法的に問題ない。

 相手の攻撃着手とはどういう場合か。私は防衛庁長官だった2003年の国会で例示した。「東京を火の海にするぞと言ってミサイルを屹立(きつりつ)させ、燃料を注入し始め、不可逆的になった場合」と。

 だが、今は相手の発射台が動く。固形燃料を使うため発射までの時間は短い。日本が反撃の能力を持っても、相手の基地をたたくのは難しいかもしれない。

 メディアがなぜ、安全保障政策の大転換だと表現するのか、私にはよく分からない。大軍拡路線にかじを切ったわけではない。大陸間弾道ミサイルや長距離戦略爆撃機を持ったわけでもない。北朝鮮は何回もミサイルを撃っており、弾着の正確度、連続性の能力が着実に高まりつつある。日本も備えが必要だ。

 防衛費増額は昨年の衆院選や今年の参院選でも自民党が主張している。アベノミクスで優遇された大企業は史上空前の内部留保が積み上がっている。負担する能力がないとは言わせない。ただ、増やす防衛費をどう使うか、その中身はよく分からない。朝鮮半島や台湾の有事を想定して何が必要か議論すべきだ。順番が逆だ。(中川雅晴)

柳沢協二 元内閣官房副長官補

攻める口実与えかねぬ

 政府がミサイル攻撃への防衛力を高めるためと説明する反撃能力。しかし、相手国のミサイル施設を攻撃しても、全てのミサイルを破壊するのは不可能ではないか。残ったミサイルは飛んでくる。そこからはミサイルの撃ち合いだ。国民を守るという根本的な目的が達成できない。

 中国やロシア、北朝鮮に囲まれ、安全保障上の不安が高まる中での3文書の改定である。今回の議論に、戦争をいかに回避するのかという視点が見落とされているのではないか。財源の混乱を見ても、議論が尽くされたのか疑念が残る。

 反撃能力の保有は戦後の安全保障政策の大転換だ。憲法9条に基づき堅持してきた専守防衛は、相手の本土を攻撃しないと伝えることで日本を攻撃する口実を与えない防衛戦略だ。反撃能力を日本が誇示することは、攻める口実を与えることにつながりかねない。

 抑止力の強化に突き進む道は、大きな危険が待つ。互いの国がより大きな戦力を持とうとすれば、いずれ核兵器にたどり着く。外交に力を入れるべきだ。

 ロシアによるウクライナ侵攻を機に、一方的な武力行使や核の脅しに対して、世界中から厳しい視線が向けられている。広島市で来年5月に開かれる先進7カ国首脳会議(G7サミット)は重要な機会だ。岸田文雄首相が訴えるべきは、反戦や非核に向けた国際世論を結集して被爆地から打ち出すことだ。それを世界が求めている。反撃能力の保有では決してない。(山本庸平)

(2022年12月17日朝刊掲載)

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