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社説・コラム

社説 安保政策の転換 平和憲法をゆがめるな

 日本が戦後貫いてきた専守防衛を国民的な議論もなく、大きく変質させるのか。

 政府は、外交・安全保障政策の新指針「国家安全保障戦略」など安保関連3文書をきのう閣議決定した。長射程ミサイルで敵のミサイル拠点などをたたく敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を明記。日米安保条約に基づき米軍が担う「矛」の機能を、「盾」に専念してきた自衛隊も取り込むことになる。専守防衛を逸脱する懸念が強く、憲法の平和主義をゆがめるものだ。

 防衛費を国内総生産(GDP)比2%に増額する安保政策の大転換である。それなのに、何が本当に必要なのかについて説明は不十分だ。財源確保に伴う増税も実施時期の提示は先送りされた。全てが不透明で、国民不在の決定は認められない。

米国追随に軸足

 敵基地攻撃能力の発動に当たり、米国と運用調整を図る方針でいる。岸田文雄首相は来月を見込むバイデン米大統領との首脳会談で、米国製巡航ミサイル「トマホーク」購入を含む防衛力強化を「手土産」に、日米防衛協力指針(ガイドライン)の改定を提起するとされる。

 バイデン政権は西太平洋地域の戦力バランスが中国優位に傾きつつある中、同盟・友好国と連携する「統合抑止力」構築を打ち出している。3文書も中国の軍事動向を「挑戦」「脅威」と位置付ける。米国追随に軸足を置くのは明らかだ。

 抑止力の柱に据えるのが敵基地攻撃能力である。歴代政権は合憲と認めつつ、先の大戦を踏まえ、他国から軍事大国化への疑念を抱かれぬよう保有してこなかった。岸田氏は「専守防衛を堅持する」と繰り返すが、外国領域を攻撃する力の保有は矛盾するのではないか。

 敵基地攻撃能力の行使は「相手からミサイルが発射される際」とする。攻撃準備に入った段階の行使に余地を持たせたが、判断を誤れば国際法の禁じる先制攻撃になる恐れがある。

 米国が攻撃を受けた場合、日本が集団的自衛権として発動することも可能だ。だが台湾有事を含め、どんなケースが該当するのか明らかになっていない。

歯止め失う恐れ

 防衛費増額は岸田氏が5年間で計43兆円にすると唐突に表明し、与党の自民、公明両党は10日もたたずに法人、所得、たばこの3税で1兆円強の増税案をまとめた。自衛隊施設整備に建設国債を充てる方針も固めた。

 所得税増税は復興特別税の流用である。国債活用は、戦前に大量発行して軍拡と戦争につながった教訓から「禁じ手」とされてきた。増税時期決定の先送りと合わせ、将来の歯止めがない状態は看過できない。

 増税を巡る内閣や自民党内の対立は、安保政策の転換という本質から国民の目をそらすためではないかと疑いたくなる。

 敵基地攻撃能力の保有は、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」配備計画の停止を機に具体化した。当時の安倍晋三首相が退任間際の談話で議論を訴え、道筋を付けた。後に岸田氏が引き継いだ。

 この間、中国や北朝鮮の軍事活動は活発化し、核・ミサイル技術も大幅に進展させた。ロシアのウクライナ侵攻で国民に不安が広がったのも確かだ。

 3文書改定に際し、NGO(非政府組織)代表や国際政治の専門家でつくる平和構想提言会議は、アジア重視の平和外交を強めるよう求めた。中国との経済的なつながりを考えればもっともだ。外交努力を抜きに議論しても地に足の着いた結論は得られまい。軍拡を招かない防衛力整備に知恵を絞るべきだ。

リスク語られず

 抑止は万能ではない。米国の戦争に巻き込まれることやミサイル発射後の報復への懸念は尽きない。各地に立地する原発も標的にされかねない。敵基地攻撃能力の保有が「もろ刃の剣」になるリスクは語られず、議論が圧倒的に足りない。

 国民の理解と合意を欠いたまま防衛力強化に突き進むことは許されない。平和国家の岐路である。まずは国会で徹底的に議論するべきだ。

(2022年12月17日朝刊掲載)

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