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連載・特集

「放影研60年」 第4部 海の向こうで <4> 科学者の視線

長年の蓄積 将来に託す

 前身の原爆傷害調査委員会(ABCC)以来、放射線影響研究所(放影研、広島市南区)が蓄積してきた研究の「成果」はおおむね、科学者から高い評価を受ける。一定の被爆者集団を長年追跡する手法は「信頼度が高い」とされ、国際的な放射線防護基準にも反映される。

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 放影研にかかわってきた米国人科学者も、米国の放射線研究で重要な地位を占める人が多い。その一人、生物物理学者モーティマー・メンデルソンさん(81)をカリフォルニア州リバモア市の自宅に訪ねた。

 リバモアには、米ソ冷戦下の一九五二年に誕生した米核兵器開発の拠点ローレンス・リバモア国立研究所(LLNI)がある。八〇―九〇年代半ば、放影研の専門評議員や研究担当理事などを歴任したメンデルソンさんが現在、週一度、非常勤で顔を出す職場だ。

 「放射線が人間の身体に何をもたらすのか。それを科学的に見極める放影研の被爆者研究は、世界の人類にとって非常に重要なんだ」。放影研の存在意義を熱っぽく語り、地域に溶け込んだ広島での生活を回想した。

 研究は米国の核兵器開発に利用されているのではないかと被爆地の人たちが疑念を抱いていることを、メンデルソンさんも知っている。しかし自身は「科学的にヒロシマ、ナガサキの問題に取り組んでいくべきだ」と、政治的な動きや思惑とは一線を画してきたという。

 かつて副所長も務めたLLNIでメンデルソンさんは、放射線による身体へのダメージを血液中の成分で測るシステムを開発し、放影研に持ち込んだ。「常に新しい手法で後障害や遺伝的影響を大がかりに研究してきた」との自負ものぞく。

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 だが、そうした努力にもかかわらず、被爆二世への遺伝的影響、低線量被曝(ひばく)の影響など、いまだに未解明の課題は残る。今では、放射線の研究機関も増え、国内外に多数ある。放影研の現代的な存在意義とは何だろうか―。

 サンフランシスコに近いローレンス・バークリー国立研究所のジョー・グレイ生命科学部長は「幅広い世代を長年追跡した被爆者集団という財産」と言い切る。いま放影研の将来像を議論する第三者機関「上級委員会」に米国側メンバーとして加わっている。

 放射線を浴びていない人が患う生活習慣病やがんなどの研究、治療に生かす重要性も語る。

 専門評議員などを務めた国立がん研究所(メリーランド州)のカーティス・ハリス人類発がん研究室長(63)も「放影研は、たぐいまれな歴史と研究を持つ。できる限り存続していくべきだ」と説いた。今後の方向性として、国際的な研究機関との連携などを挙げる。「交流や協力により、さらに洗練され、複雑な研究が可能になる。互いを高め合い、プラスに働く。放影研はその中心になりうる」とみる。

 現地で取材した科学者の多くは、放影研の歴史や社会的問題についてあまり言及しなかった。半面、放影研の存続を望むのは「ヒロシマ、ナガサキのような研究対象を二度とつくってはならないからだ」と強調した。(森田裕美)

(2007年7月3日朝刊掲載)

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