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連載・特集

「放影研60年」 第4部 海の向こうで <5> 占領の象徴

科学の論理 優先を批判

 原爆を投下した米国が被爆地に設立した原爆傷害調査委員会(ABCC)を批判的に見つめる米国人がいる。現在は日米共同運営の放射線影響研究所(放影研)に改組されたが、その六十年前の出発点に、戦勝国の高慢さや非人道性を見る思いがする、という。

 ニューヨークを拠点に活動する軍縮研究家キャサリン・サリバンさん(40)は二〇〇五年、ドキュメンタリー映画「The Last Atomic Bomb 最後の原爆」を制作した。「長崎を地球上で最後の被爆地に」との思いを込めた映画でサリバンさんは、ABCCを「占領期の象徴」ととらえている。

 原爆開発や投下の背景に触れながら、長崎在住の被爆者や若者たちの核兵器廃絶に向けた活動をカメラで追った。その中で被爆者らは、ABCCによる調査を「裸にされて体中を調べられた」と今も忘れず、「怖かった」などと不安そうに証言する。

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 「被爆者の苦しみに思いを寄せることなく、何の慰めもなく、ただデータを入手していたとしか思えない」とサリバンさんは手厳しい。それは、占領下の連合国軍総司令部(GHQ)がプレスコードで規制を敷き、被爆の実情を隠そうとした姿勢にも重なると感じている。

 サリバンさんは映画制作の関連取材のため、広島市南区にある現在の放影研を訪ねたという。かまぼこ形の屋根の古びた施設は「まるで兵舎のようだった」。職員が一生懸命に働いていることは十分に感じ取った。

 それでもなお、サリバンさんの批判的な視線は、出発点であるABCCに向く。「そもそも、被爆者や地元の人たちと『分かち合う』視点がなかった」「人類のため大切な研究というなら、なぜ被爆者が苦痛を覚えるのか」「占領体制での調査が次の核時代への扉を開けた。被爆者が生きている今こそ謝罪すべきではないだろうか」

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 ペンシルベニア大のスーザン・リンディー教授(54)もABCCを「占領期に不可逆的に設立された機関」とみている。米国の科学史に詳しい元ジャーナリスト。一九八七年から全米に散らばるABCC関連の文書を調査し、元研究員たちへのインタビューを重ねたという。

 結果を九四年、「SUFFERING MADE REAL(苦しみが生んだ真実)」との著書にまとめた。公文書や報告書に登場する被爆者がコード番号や匿名で扱われ、物言わぬデータとして扱われている点を指摘する。人間の尊厳への配慮を欠いたまま被爆者を研究対象にする「科学の倫理」のあり方を問いかける。

 「日本社会を巻き込み被爆の悲惨さを覆い隠す一方、冷戦への準備を進める政治的な戦略だったことは疑いの余地がない」。リンディー教授はABCCを、広島、長崎以降のおびただしい核開発の出発点とも重ね合わせる。(森田裕美)

(2007年7月4日朝刊掲載)

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