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「放影研60年」 第5部 提言編 <2> 放射線医学総合研究所重粒子医科学センター副センター長 丹羽太貫氏

放射線疫学 けん引役を

 放射線医学総合研究所重粒子医科学センター(千葉市)の丹羽太貫(おおつら)副センター長(64)は、広島大原爆放射能医学研究所(現・広島大原爆放射線医科学研究所)や京都大放射線生物研究センターの教授として、放射線影響研究所(広島市南区、放影研)を見てきた。政府や市民に科学への正しい理解を求めつつ、放影研には「しっかりした将来設計に基づいて、放射線疫学の世界的な拠点になってほしい」と希望する。

  ―国内外に高レベルな放射線関連の研究施設ができた今、放影研の存在意義は何ですか。
 国際的な認知度は日本の研究所でも一番だ。かつての調査手法に批判されるべき点があったにせよ、半世紀以上にわたり被爆者と非被爆者の協力を得て集団を追跡調査してきた。他機関がまねできない研究を続け「放射線疫学」という分野をつくり先頭を走ってきた。成果は旧ソ連のチェルノブイリ原発事故後の影響研究などに生かされている。

    ■□■

  ―被爆者の高齢化が進んでいます。今後の研究はどうあるべきですか。
 被爆者の血液や尿、病理組織が保存されており、被爆者が亡くなった後も未来の人類のために研究が可能だ。

 被爆二世への影響調査も重要だ。人間の突然変異は放射線に関係なく存在し、被爆者の子どもとの有意差を出すのは非常に難しいが、答えが出るまで続けなくてはならない。影響があれば予防を考えられるし、影響がなければ安心できる。

  ―日米共同運営の意味は何でしょうか。
 米国から来る研究者はこれまで国連放射線科学委員会や国際放射線防護委員会(ICRP)など国際的機関と関係の深い人が多かった。日本側から見ると「データを持って行かれた」「被爆者がモルモットにされた」となる。半面、国際舞台で放影研のデータが評価を得ることにつながった。

 日本は政府もマスコミも科学情報の扱いが下手で、きちんと評価して活用するシステムがない。国際的な評価を得るという面では日米の共同運営は意義がある。

  ―データは原爆症認定集団訴訟などで被爆者の訴えを退ける論拠にもされました。
 科学は、段階ごとに分かるリスク(危険度)の実態であり、判断ではない。原爆症認定に絡んで問題なのは、相手の言い分を打ち消すためだけに科学データを用いることだ。科学はデータにより集団のリスクを推定はできるが、放射線以外にも個々の要因を抱える人間一人一人についての判断はできない。被爆者の立場に立った原爆症の認定はハート(心)の問題。しかし、科学はブレーン(頭脳)でしかない。

    ■□■

  ―財政難や優秀な研究員確保など、放影研の課題は山積しています。
 放影研自身がしっかり考えた「将来設計」によって、レベルの高い研究所として生き残っていくべきだ。お金がないからと、政府が予算削減してしまうのは間違い。放影研がこれまで成し遂げてきた国際貢献を見れば安いものだ。研究所としての位置づけを国にも認知してもらいたいし、そのためにも放影研は頑張って、放射線疫学の世界的な拠点になってほしい。(森田裕美)

放影研の調査・研究
 1950年の国勢調査で把握した被爆者約9万4000人と非被爆者約2万6000人(入市被爆者を含む)の計約12万人を対象に死因を追跡する寿命調査や、さらに約2万3000人を抽出して、隔年で問診や健診をする成人健康調査を実施。被曝(ひばく)線量が高いほど白血病を含むがん発症率や死亡率が高いことなどを突き止めた。最近はヒトゲノム研究にも着手し、心血管障害や糖尿病、B・C型肝炎などがん以外の疾病との関連性を探る。被爆二世の健康影響調査も継続する意向。

(2007年10月11日朝刊掲載)

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