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連載・特集

「放影研60年」 第5部 提言編 <3> 広島原爆障害対策協議会事務局長 畑口実氏

心理的影響の解明急げ

 高齢化で被爆者が年々少なくなっている中、将来像を模索しているのは放射線影響研究所(広島市南区、放影研)だけではない。一九九七年から昨年まで原爆資料館(中区)館長を務め、現在、被爆者の検診や健康相談にあたる広島原爆障害対策協議会(原対協)の事務局長を務める畑口実氏(61)は「市内の原爆関連施設が手を携え、被爆者の心理的影響も含めた原爆被害の解明が急務だ」と指摘する。

  ―同じく被爆者にかかわる施設から、放影研をどう見ていますか。
 原対協が主催し、健康への放射線の影響について専門家が研究成果を発表する「後障害研究会」でも、長年にわたり被爆者の追跡調査を続ける放影研の存在は大きい。しかし、科学者でない人にとって、発表は学術的で難解だ。世界に評価される放影研の疫学研究が、被爆者や人類にどう役立っているのか実感しにくい。今の研究だけでは十分とはいえない。

    ■□■

  ―何が足りませんか。
 例えば原爆による心的外傷後ストレス障害(PTSD)など被爆者の精神的影響の調査だ。被曝(ひばく)線量によってがんが発生する確率は分かっても、それぞれ被爆者の人生に原爆が及ぼした影響は解明されていない。

 放影研の設立目的には「原爆及び放射線により被爆者に何が起こったかを詳しく調べ、後世に残すことが私たちの使命」と書かれている。がん発生のメカニズム解明などだけでなく、がんになるかもしれないと不安を抱え続け、あるいはケロイドを隠して生きてきた被爆者の心理的影響も追跡し、原爆被害はいかなるものかを解明すべきだ。その上で、ケアやサポートの仕組みが必要だ。

  ―どんな仕組みが考えられますか。
 昨年、広島県医師会が音頭を取って発足したネットワーク「被爆医療関連施設懇話会」が興味深い。放影研を原対協のそばに移転し、医療関連施設が共同運営する研究・臨床の拠点づくり構想を打ち出している。

 確かに研究機能と病院の医療、原対協の検診や援護事業がうまく連携できれば、学術分野だけでなく、被爆者の病気の予防や治療、援護にもつなげられる。さらに、原爆資料館のように被爆の実情を発信する関連施設も含めた「知」の連携が考えられないだろうか。

    ■□■

  ―原対協と放影研が連携する意義は何ですか。
 今でも圧倒的多数の被爆者はつらい体験を語らない。放影研には六十年間、研究に協力をしている被爆者がいる。原対協にも検診や健康相談に来る被爆者がいる。手を取り合って精神的影響調査など「人間」にもたらした原爆被害の研究に取り組むことができれば、語らない被爆者の心の声に耳を傾けることになるはずだ。そうした声から明らかになる被爆の実情は「原爆被害を繰り返してはならない」と、世界や後世に発信することになる。行き着く先が「核兵器使用は倫理的にも絶対、許されない」という真理を証明する研究をしなければ、被爆地である広島に放影研が存在する意味はない。(森田裕美)

広島被爆医療関連施設懇話会
 放影研など広島市内にある被爆者医療関連施設の連携強化に向け2006年5月、広島県医師会が中心となって原対協や広島赤十字・原爆病院、広島大原爆放射線医科学研究所(原医研)など17組織で発足した。中区の原対協そばに市が購入した土地への放影研移転を前提に、研究と臨床の拠点づくりを目指し、関連機関が共同運営する「広島放射線医学研究医療センター」(仮称)構想を打ち出した。構想は放影研の将来像を話し合う第三者機関「上級委員会」に伝えた。

(2007年10月12日朝刊掲載)

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