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連載・特集

平和祈念館20周年 被爆者の「声」 伝え続ける

 広島市中区の平和記念公園にある「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館」はことし開館から20年を迎えた。原爆で亡くなった人々を追悼するとともに被爆体験記の公開などを通じて、被爆の実情を伝えてきた。しかし今も、同館の存在や役割を知らない人が少なくないという。歩みを振り返りつつ、現状と課題を探った。(湯浅梨奈)

 建物の大半が地下にある同館。8時15分で止まった時計のモニュメントが置かれた地上から階段を下りたところに入り口はある。

 中に入り「あの日」への時間をさかのぼるようにスロープを下ると、円形の追悼空間がある。壁面には廃虚と化した広島のパノラマが広がる。そこを抜けると、遺族が公開に同意している原爆死没者の名前や遺影を検索できる「遺影コーナー」があり、被爆体験記などの閲覧室へと続く。

手記の収集 15万件近く

 被爆者がつづった手記などの収集と公開は、遺族からの申請で原爆死没者の遺影を登録することと併せ、同館の取り組みの柱の一つだ。国が10年ごとに実施する「原子爆弾被爆者実態調査」で被爆者が当時の状況を記した文章に加え、本人が寄せた手記や被爆者団体が刊行した手記集なども収める。同館職員が聞き書きして集めた手記もあり、今月18日時点で計14万8760件に上る。

 目を通すと、原爆がもたらした被害は「あの日」だけではなく、被爆者の数だけ「ヒロシマ」があることが読み取れる。

 同館を訪れ、被爆体験を家族にも語らずに亡くなった人の言葉に遺族が出合えるケースもある。中区の金谷正暁さん(73)もその一人。昨夏98歳で亡くなった母清子さんの遺品整理をしていた時、直筆のメモを見つけた。被爆状況が絵と共につづってあった。生前には聞いたことのない話だった。ほかに母の足取りや思いを知る手だてはないか―。考えていた時、知人から祈念館について聞いた。

 訪ねてみると、清子さんが1995年に国の調査に応じて書いた手記が見つかった。「エビの様に赤くなった男の人が死んでいた」。22歳の時に爆心地から約1・6キロで被爆し目の当たりにした惨状をつづり、強い筆圧で「戦争は絶対反対です」と書いていた。「確かに母の筆跡…」。涙ぐみながら「原爆について聞いても答えてくれたことはなかったが、本当は残したかったのだろう」と受け止めた。

低い認知度 映像に活路

 歳月を経て原爆を直接体験した人が少なくなる中、その言葉を集め公開する同館の役割は一層高まる。

 ところが祈念館の来館者数はこの20年おしなべて、同じ公園内の原爆資料館の2割程度。祈念館によるとそもそも存在自体を知らない人も多いという。遺影登録は2万5887件で、もっと増やすことが課題だ。

 そこで同館が近年力を入れるのが、被爆者の手記などを基に約30分の映像を作り、写真や関連資料と共に紹介する企画展だ。

 2020年は、被爆地から絵や詩で反戦反核を訴え続けた故四国五郎さんと被爆死した弟の日記を題材に2人の手記を対話のように構成し、映像で見せた。21年には被爆に立ち向かった外国人神父、ことしは8月6日を撮影した人たちの言葉を視覚化した。

 担当する橋本公(いさお)学芸員は「核兵器が使われたらどうなるか、若い人たちの想像力をかき立てたい」と話す。来年3月には企画展向けの展示室を全面リニューアルし、視覚効果をさらに高める。

 修学旅行生向けに祈念館を見学ルートに組み込んだモデルコースのチラシを作成・配布するなど、館を挙げてPRにも尽くす。久保雅之館長は「遺品で伝える原爆資料館と、手記などで言葉と心に触れる祈念館。両方でヒロシマへの理解を深めて」と力を込める。

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国が遺影・体験記公開 ■ 証言ビデオの海外収録も

 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館は2002年8月1日、開館した。原爆犠牲者の遺影や被爆者の体験記を収集して公開。死没者を追悼し、原爆の惨禍を世界に伝える役割を担う。1995年施行の被爆者援護法に記された「尊い犠牲を銘記する」という前文と条文に基づく国の施設だ。

 吹き抜けの追悼空間がメインの施設となっている。さらに、死没者の遺影や名前が大型モニターに映し出される「遺影コーナー」や、被爆者たちの手記の閲覧室がある。

 運営を担うのは、広島市の外郭団体、広島平和文化センター。収集した手記などに込められた被爆者の声をより広く発信するため、05年には朗読ボランティアによる朗読会を開始。館内で定期的に開くほか、国内の学校などにも出向いている。英語でも朗読する。

 被爆証言ビデオの制作にも力を入れる。被爆者の声を風化させず後世に伝えるため、これまでに海外8カ国・地域に暮らす被爆者も含め、証言を収録し、計473件を制作した。一部はホームページ上でも公開。24言語に対応した字幕付きのビデオもある。

 同館は、引き続き遺影と体験記も募集している。☎082(543)6271。

(2022年12月26日朝刊掲載)

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