呉の美術 激動の時代を越えて <5> 永瀬義郎「団欒(だんらん)」(1955年、茨城県近代美術館蔵)
22年12月25日
戦後日本に染みた平穏
創作版画(大正期に隆盛した芸術性向上を志す版画運動)の先鋒(せんぽう)、永瀬義郎(1891~1978年)は茨城県出身。終戦前後、フランス遊学中に出会った妻里子の郷里、東広島市安芸津町風早に疎開した。
1946年には芸南文化同人会を結成して会長となり、南薫造や朝井清らと展覧会や演劇公演など多彩に活動。敗戦の虚脱状態から人々を救い、同人たちに「最も美しい思い出」として記憶された。やがて芸南地方には、呉美術協会などの拠点が各地に誕生。衣食住にも窮する時代に営まれたこれらの活動は、苦難の時代にこそ芸術が不可欠であることを物語る。
永瀬は東京に帰って後、長男を授かる。本作ではモノタイプ(描画を転写する版画技法)とステンシル(孔版)により、親子3人が赤い毛糸で結ばれた温かな情景が描かれ、ようやく訪れた平穏が表されている。戦後の日本人にとって、家族と過ごす当たり前の時間は、平和の再来を実感させる心に染みる時間だったのだろう。 (呉市立美術館学芸員 宮本真希子)=おわり
特別展「呉の美術」(中国新聞社など主催)は、呉市幸町の呉市立美術館で1月29日まで。火曜と年末年始(12月29日~1月3日)休館。一般1100円など。☎0823(25)2007。
(2022年12月25日朝刊掲載)