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社説・コラム

天風録 『もっと歓喜の歌を』

 その昔、学生時代にベートーベン「第九」の合唱に何度か参加した。男声のバスの一員として。ドイツ語の歌詞を口まねで覚え、怪しい発音で歓喜の歌の輪に入った。以来、頭を離れない2語が「ビンデン・ヴィーデル」▲第四楽章の合唱で繰り返す言葉は、日本語なら「再び結び合わせる」。時流や世情に隔てられても人類は一つになれる―。第九の主題と言えるキーワードをこの1年、よく思い返した。どうして世界は逆に動くのかと▲コロナ禍を経た歳末の列島各地で、第九の歌声が3年ぶりに響く。苦労して来日したウクライナ国立歌劇場の人たちも来週、東京で披露すると聞く。思いは一つだろう。世界に平和あれ▲ただ停戦というプレゼントは戦禍に苦しむ人たちに届かないようだ。きょうはクリスマスイブなのに。ビンデン・ヴィーデルとは真逆になる「分断」という現実が、さまざまな形で世界中に横行していることも悲しい▲大雪に襲われた日本は予算も寒々しい。膨張を続けつつ国策の転換で世論を分かち、富める人とそれ以外の分断も消えそうにない。第四楽章冒頭の歌詞を口にしたくなる。意訳すれば「友よ、もっと歓喜に満ちた歌を歌おう」と。

(2022年12月24日朝刊掲載)

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