×

ニュース

原医研・田代聡所長に聞く 核使用想定 医療研究を 露侵攻 局面変わった/被爆地の知見生かせ

 核超大国のロシアによるウクライナ侵攻を受け、核兵器が使われた際に必要な医療の研究、開発について国内外の専門家で議論する動きがある。日本で作業部会の設置を呼びかけた、広島大原爆放射線医科学研究所(原医研、広島市南区)の田代聡所長(60)は中国新聞のインタビューに「局面が変わった」と指摘。被爆地の知見を生かして、核使用に備えた医療を研究する必要性を唱える。(宮野史康)

―医学界はウクライナ侵攻をどうみていますか。
 みんな核兵器使用を懸念している。10月、欧州で放射線防護の研究会に参加した。欧州には被曝(ひばく)線量評価を各国で協力し合う仕組みがある。ただ、現時点では使用された場合に見込まれる何十万人もの被曝した傷病者への対応は難しく、すごく危機感を持っていた。

―核使用を想定した議論が進んでいるのですか。
 もう局面が変わってしまった。ロシアだけの問題ではない。フランスの外相は「北大西洋条約機構(NATO)には核兵器がある」と発言し、隣国の中国も核戦力を増強している。北朝鮮は日本上空を通過するミサイルを発射した。核兵器を使わずとも、原発が攻撃されれば放射線が飛び散る恐れもある。

―日本の医学界の対応は。
 核兵器の使用に対する医療の準備は進んでいない。こうした医療の開発には研究費が付いてこなかった。「核使用を前提にした研究をして良いのか」という議論があるからだ。放射線被曝は非常にまれで臨床研究も難しい。

 私も原発事故への備えは大事だと思ってきたが、広島、長崎に続く3度目の核兵器の使用までは考えていなかった。「核兵器を使うかもしれない」と発言する政治家がいる中で、それに対して準備しないという選択肢があるのか。考え直さないといけない。

―具体的には。
 診断と治療の研究だ。速く正確に被曝線量を評価する手法と機器を開発する必要がある。治療薬の研究も欠かせない。すぐに治療しないと亡くなる人たちをどれだけ助けられるかにかかってくる。11月に、国内10の大学や研究所でつくる放射線影響研究機関協議会で何ができるか問題提起したところ、ワーキンググループを設置して医療の対応を検討すると決まった。有志で議論し、国へも研究の必要性を訴えたい。

 日本には原爆の医療の記録が残っている。広島、長崎には市民、医療レベルの経験がある。核兵器は非人道的で何十年にわたって放射線の影響が残る。世界から絶対になくさないといけない。だからといって使用されないと思い込むのはおかしい。それでは原発の安全神話と変わらない。

たしろ・さとし
 広島大大学院医学系研究科博士課程修了。ドイツのミュンヘン大研究員、広島大医学部准教授などを経て、2004年に同大原爆放射線医科学研究所(原医研)教授。19年から所長を務める。20年から核戦争防止国際医師会議(IPPNW)日本支部事務総長。専門は放射線生物学、分子細胞生物学、小児科。北九州市出身。

(2022年12月29日朝刊掲載)

年別アーカイブ