×

連載・特集

ヒロシマの記録2022 1~6月 露軍侵攻 高まる核危機

 「核戦争」という言葉が近年、これほど現実味を帯びた年はない。

 核兵器保有五大国の首脳が1月、「核戦争に勝者はおらず、決して戦ってはならない」と共同声明で確認してから約1カ月半後。その一人に名を連ねたロシアのプーチン大統領はウクライナに侵攻すると、核兵器の使用を示唆して国際社会を脅した。

 「かつては考えられなかった核戦争が今では起こり得る」(3月、国連のグテレス事務総長)、「このままではキューバ危機以来、初めて核の脅威に直面する」(10月、米国のバイデン大統領)…。プーチン大統領は12月7日、核戦争のリスクについて「脅威が増している」と述べた。年の瀬になっても、核危機は去っていない。

 北朝鮮も1年で30回を超すミサイルを発射。大陸間弾道ミサイル(ICBM)級も含まれる。10月には5年ぶりに日本上空を飛ばした。7度目の核実験を強行するとの見方がある。

 そして、保有国の横暴は、非保有国の安全保障政策を揺るがす。

 ロシアに近接し、軍事的中立政策をとってきたフィンランドとスウェーデンは「核の同盟」である北大西洋条約機構(NATO)へ加盟を申請。日本では安倍晋三元首相(7月に死去)たち一部の政治家が、国内に米国の核兵器を置いて共同運用する「核共有」を議論すべきだと唱えた。自民党内の議論は立ち消えたが、非核三原則を国是とする被爆国の政界に不穏な空気が漂う。

 核を巡る国際情勢の悪化を受け、核軍縮の交渉は停滞した。8月に米ニューヨークで7年ぶりに開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議は、ロシアの反対で最終文書を採択できず、決裂した。

 ただ、最終文書案を巡る交渉でロシア以外の保有国も核軍縮に後ろ向きな姿勢を見せ、非保有国との溝の深さを浮き彫りにした。6月にオーストリア・ウィーンであった核兵器禁止条約の第1回締約国会議に保有国は不参加。保有国と非保有国の「橋渡し役」を務めるべき日本政府もオブザーバー参加を見送った。

 被爆者、被爆地が怒り、焦りを募らせた2022年。一方で、ウクライナ侵攻は、岸田文雄首相に地元広島市での先進7カ国首脳会議(G7サミット)開催を決断させる一押しになった。23年5月、核兵器を持つ米英仏3カ国の首脳が被爆地に集う。たった一発の原爆が市民や街にもたらす惨禍を世界の政治指導者に伝えたい。23年こそ「核兵器のない世界」へ目覚めの年となるように。(和多正憲)

1月

 3日 米国、中国、ロシア、英国、フランスの核保有五大国首脳が、核戦争や軍拡競争を防止するために2国間、多国間の外交的取り組みを引き続き追求する意向を示す共同声明を発表した。「核戦争に勝者はおらず、決して戦ってはならないことを確認する」と表明

 5日 北朝鮮が極超音速ミサイルの発射実験。日本の排他的経済水域(EEZ)外の海域に落下したと推定  10日 核拡散防止条約(NPT)再検討会議を巡り、日本を含む世界各地の91団体が核軍縮への積極的な行動を加盟国に求める共同声明を発表

 17日 岸田文雄首相が就任後初の国会での施政方針演説で核兵器のない世界に向けた「国際賢人会議」を各国の為政者らの関与を得ながら創設し、2022年内に広島で初会合を開くと表明

 21日 日本被団協が広島原爆の「黒い雨」の被害者救済を巡る要請書を岸田首相と後藤茂之厚生労働相に送ったと発表。4月から新たな被爆者認定指針が運用されるのを前にがんなど11疾病の発症を認定要件から外さない構えの国に再考を求める

 22日 核兵器の開発や使用、威嚇を全面的に禁じる核兵器禁止条約発効から1年。広島の被爆者や市民団体が日本政府に一刻も早い署名・批准を求め、広島市の原爆ドーム前などで横断幕を掲げる

 27日 広島県の湯崎英彦知事と広島市の松井一実市長が23年に日本である先進7カ国首脳会議(G7サミット)を被爆地の広島市で開くよう岸田首相に要請

2月

 1日 オーストリア・ウィーンで3月に予定された核兵器禁止条約第1回締約国会議が、新型コロナウイルス感染拡大の影響で延期されることが判明

 4日 岸田文雄首相が1月に着任した米国のラーム・エマニュエル駐日大使と官邸で初めて面会し、「核兵器のない世界」の実現に向けた連携を確認

 7日 ロシアのプーチン大統領とフランスのマクロン大統領がウクライナ情勢を巡りモスクワで会談。共同記者会見でプーチン氏が「ロシアは核保有国だ。その戦争に勝者はいない」と述べ、核兵器使用の可能性を示唆

 10日 被爆100年となる2045年までに核兵器のない世界を実現しようと、広島県は核兵器保有国と非保有国の双方が参加する「フレンズ会合」の構想を発表

 24日 ロシア軍がウクライナへの軍事侵攻を開始▽プーチン大統領が演説で「ロシアは世界で最も強力な核保有国の一つだ。わが国を攻撃すれば壊滅し、悲惨な結果になることに間違いない」と強調し、ウクライナに欧米が介入すれば核戦力行使もありうると示唆した▽岸田首相が参院予算委員会で「敵基地攻撃能力」としての核兵器の保有を「非核三原則はわが国の国是であると認識している。核兵器を使用、保有する選択肢はない」と答弁

 25日 ロシア国防省の報道官が、ウクライナ北部のチェルノブイリ原発と周辺地域に部隊を投入し、支配下に置いたと発表

 26日 被爆地の広島、長崎市の市民有志が原爆ドーム前などでロシアのウクライナ侵攻やプーチン大統領の発言を非難する抗議活動

 27日 自民党の安倍晋三元首相がテレビ番組で、米国の核兵器を自国領土内に配備して共同運用する「核共有」政策について日本でも議論すべきだとの考えを示す

3月

 4日 ロシア軍がウクライナ南部にある欧州最大級のザポロジエ原発を砲撃し、制圧。稼働原発への軍事攻撃は史上初

 8日 市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会(HANWA)」が、ロシアのウクライナ侵攻と核兵器による威嚇に抗議する集いを広島市の原爆ドーム前で開催▽岸信夫防衛相が参院外交防衛委員会で安全保障関連法に基づく核兵器使用について、政府の法解釈に照らせば理論上は可能との認識を示す

 9日 ウクライナ侵攻を受け、広島市がロシアの姉妹都市ボルゴグラード市との提携50年記念の交流事業を中止すると表明

 16日 自民党の安全保障調査会が勉強会を開き、日本の領土内に米国の核兵器を置き、共同運用する核共有政策について「日本ではなじまない」と結論付けた。非核三原則の見直しも否定▽ロシアのウクライナ侵攻を受け、平和首長会議が早期停戦と核兵器廃絶に向けた努力を訴えるメッセージを出す

 22日 広島市の松井一実市長と長崎市の田上富久市長が外務省と在日米国大使館を訪ね、バイデン大統領の被爆地広島、長崎訪問を要請▽広島の被爆者7団体が広島市の平和記念公園で、政府に核兵器禁止条約への署名・批准を求める街頭活動を実施

 25日 北朝鮮が新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の発射実験を行い、開発に成功したと国営メディアが報じる

 26日 米国のラーム・エマニュエル駐日大使が岸田文雄首相と共に広島市の平和記念公園を訪れ、原爆慰霊碑に献花▽原爆投下で壊滅し、現在の平和記念公園の地下に埋もれていた旧中島地区の痕跡を伝える「被爆遺構展示館」が公園内にオープン。焼け落ちた民家の土台や街路などを展示

4月

 1日 広島原爆の「黒い雨」被害者の救済拡大に向け、厚生労働省が新たな被爆者認定基準の運用を開始。「黒い雨に遭ったことが否定できない場合」でも在学証明書などで生活実態が確認できれば被爆者と認める。認定要件としてがんなど11の病気を設けており、うち白内障については手術歴も対象に加える

 3日 ローマ教皇フランシスコが、ウクライナに侵攻したロシアのプーチン大統領が核運用部隊に戦闘警戒態勢を命じたことを念頭に、広島と長崎への原爆投下とその教訓に言及し「われわれは70年、80年後に全て忘れてしまった」と警鐘を鳴らした

 4日 2030年で期限を迎える国連の持続可能な開発目標(SDGs)に代わる目標に「核兵器廃絶」を盛り込むのを目指し、広島県が国内外の市民や団体からなる新グループ「グローバル・アライアンス」を設立

 7日 先進7カ国(G7)がベルギー・ブリュッセルで外相会合を開催。ロシア軍が撤退したウクライナ・キーウ(キエフ)近郊ブチャなどでの残虐行為を「大虐殺」と強く非難する共同声明を発表。ロシアが核兵器や化学兵器など大量破壊兵器を使用した場合は「深刻な結果をもたらす」と警告

 10日 ロシアによるウクライナ侵攻を受け、広島の市民団体「核政策を知りたい広島若者有権者の会」(カクワカ広島)が、戦争や核兵器反対を訴える集いを原爆ドーム前で開催

 12日 米国が21年6月と9月に核爆発を伴わない臨界前核実験を2回実施していたと判明。バイデン政権で初の実施で、1年に2回するのはオバマ政権時の10年以来

 13日 米国の臨界前核実験判明を受け、広島県被団協(箕牧(みまき)智之理事長)や連合広島など12団体でつくる核兵器廃絶広島平和連絡会議が広島市内で抗議活動。原爆資料館は地球平和監視時計の「最後の核実験からの日数」の表示を「499」から「209」に切り替え▽日本被団協はオーストリア・ウィーンである核兵器禁止条約第1回締約国会議(6月)と、米ニューヨークである核拡散防止条約(NPT)再検討会議(8月)に、それぞれ被爆者を派遣すると決定

 14日 広島県などでつくる「へいわ創造機構ひろしま」(HOPe)は核兵器に関する36カ国の21年の取り組みを採点した「ひろしまレポート」を公表。核弾頭保有数の上限を引き上げた英国が核軍縮分野での評価を最も下げた

 17日 北朝鮮が戦術核運用に向けたミサイル発射実験に成功したと発表

 22日 日本原水協が核兵器禁止条約への参加を求める96万5381筆分の署名を政府に提出

 27日 ロシアのプーチン大統領はウクライナでの軍事作戦に関し「ロシアは他国にない兵器を保有している。必要なら使う」と演説で強調し、核兵器使用も辞さない構えを示す

5月

 2日 有識者でつくる「世界平和アピール七人委員会」がロシアのウクライナ侵攻で核兵器使用の危険性が高まっているとして、国際社会に停戦協議の働きかけを求めるアピールを発表

 6日 広島県原水協や県被団協(佐久間邦彦理事長)が広島市中心部でウクライナ侵攻や核兵器使用の威嚇を続けるロシアに抗議する街頭活動

 12日 広島市の松井一実市長が8月に米ニューヨークの国連本部である核拡散防止条約(NPT)再検討会議への参加を断念したと判明。平和記念式典と日程が重なるため

 13日 欧州連合(EU)のミシェル大統領が広島市を初訪問。ロシアが核兵器使用を示唆していることを「恥ずべきで許しがたい」と批判

 16日 韓国人被爆者の渡日治療に尽力した牧師の金(キム)信煥(シンファン)さんが90歳で死去

 19日 広島市にある最大級の被爆建物「旧陸軍被服支廠(ししょう)」の全4棟のうち、国が所有する1棟について中国財務局が耐震化すると発表▽高校生平和大使派遣委員会がオーストリア・ウィーンでの核兵器禁止条約の第1回締約国会議に長崎と広島の平和大使2人を派遣すると発表

 20日 ウクライナ情勢を踏まえ、広島市が平和記念式典にロシアのプーチン大統領と駐日大使を招待しないと表明▽日本被団協が核兵器禁止条約への署名、批准を岸田文雄首相に求める署名90万1554筆を外務省に提出

 23日 岸田首相が2023年の先進7カ国首脳会議(G7サミット)を広島市で開くと表明。ロシアが核兵器使用を示唆する中、「広島ほど平和へのコミットメント(関与)を示すのにふさわしい場所はない。核兵器の惨禍を人類が二度と起こさないとの誓いを世界に示す」と語る▽岸田首相がバイデン米大統領と東京で会談。中国の脅威を念頭に、米国が核兵器と通常戦力で日本防衛に関与する「拡大抑止」の強化に向けた緊密な協議で一致

6月

 8日 広島市中区出身で被爆者の川本省三さんが88歳で死去

 9日 岸田文雄首相は官邸で会談した広島市の松井一実市長たちに、2023年に先進7カ国首脳会議(G7サミット)で市を訪れる各国首脳と被爆者の面会や原爆資料館見学について、各国と調整に当たる考えを示す

 13日 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が1月時点の核弾頭数が世界で1万2705個に上るとの推計を発表

 18日 核兵器廃絶への取り組みを考える「核禁フォーラム」がオーストリア・ウィーンで2日間の日程で始まる。非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))が主催し、各国の核兵器の被害者や核軍縮の専門家たちが参加

 20日 オーストリア政府主催の「核兵器の非人道性に関する国際会議」がウィーンであり、日本政府代表団の被爆者たちが証言

 21日 核兵器禁止条約の第1回締約国会議がウィーンで開幕し、批准国などが核兵器廃絶への具体策を議論。日本は条約を批准しておらず、オブザーバー参加も見送った▽平和首長会議がウィーンでイベントを開き、会長で広島市の松井市長が「市民社会に平和を求める意識を醸成していく必要がある」と訴え

 23日 核兵器禁止条約の第1回締約国会議が、核兵器の廃絶と非人道性を訴える「ウィーン宣言」と加盟国の指針を示した「行動計画」を採択して閉幕。ロシアによるウクライナ侵攻で核兵器使用のリスクが高まる中、「核兵器の使用や核による脅しは国際法違反だ」と強調した

 28日 岸田首相が広島サミットの日程を23年5月19~21日と発表

(2022年12月31日朝刊掲載)

年別アーカイブ