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社説・コラム

『今を読む』 広島女学院大教授 出雲俊江(いづもとしえ) 市立図書館の役割

「中枢館」機能の維持 前提に

 ドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマン監督の「ニューヨーク公共図書館」には、図書館の強固な意志が感じられる。

 図書館の仕事を通して、社会的弱者を含む市民と共に、この都市の未来を創造していこうとする意志である。

 インターネット利用法の指導や、就職先の紹介といった社会的弱者を対象にした旺盛な活動が描かれている。図書館運営会議の場面もある。そこでの議論はいつも、ニューヨーク市の未来のために図書館が取り組むべきことについて、である。

 ニューヨーク公共図書館は、90以上の分館や専門図書館などを含む複合体である。中枢である本館は、都市の特性と目指すべき将来像を見据え、図書館全体のあり方を企画・立案する。つまり図書館構想は、その都市の未来構想と相似形となる。

 広島市立図書館も、12の分館や閲覧室、それに連なる公民館図書室や自動車図書館を含めた複合体である。膨大な資料、人、各分館を結ぶ資料配送の物流網など、巨大なシステムである。中央図書館はその中枢館であり、全体の運営方針はここで企画される。

 ほとんどの資料の選書も中央図書館が行う。レファレンス・サービス(調査相談)によって利用者の課題や疑問の解決を支援する。

 図書館は単なる書庫ではないし、無料貸本屋でもない。図書館は都市の創造に意志を持つ。中枢館の姿はその都市の未来構想の象徴でもある。

 今、地方都市の公共図書館には大きな変化が迫っている。急速に進む資料のデジタル化やデータベース化は、図書館へのアクセスのあり方に一層の多様化をもたらすだろう。各都市をつなぐ図書館ネットワークは、資料の提供範囲を日本から世界へと飛躍的に広げていく。これからの図書館には、その都市ならではの郷土資料の収集が一層求められることになる。

 徹底した郷土資料の収集は自然に図書館の特徴と価値を生む。個人資料を含むあらゆる郷土資料の収集を方針に掲げる沖縄県立図書館。神戸大付属図書館「震災文庫」のデジタルアーカイブには今も世界中から問い合わせがあるという。各館は、資料一つ一つの収蔵の是非と保存方法の再検討を迫られている。

 広島市の郷土資料とは何だろう。この地では78年前、原爆によって人間が虫けらのように焼かれた。だから広島市の都市構想は、声を持つ者、知を求める者として、市民を位置づけ育てることを基盤としている。

 この地に関わる人の声や願いの記録は全て郷土資料である。貴重な浅野文庫も文学資料も名もなき人々の記録も。特に戦争や被爆の体験者の声を記した資料の収集は、刻々とタイムリミットが近づいている。その収集、保存、提供は、現在中央図書館が中心となって行っている。

 国際平和文化都市として世界に知られる広島市。市立図書館のあり方は、市の都市構想と相似形をなす。

 図書館の形はさまざまである。くつろぎやにぎわい、アクセスのよい図書館はすてきだ。しかし中枢館である中央図書館は、世界から、広島市の都市構想の象徴としての視線を受ける。爆心地に近く、今では緑豊かな場所にあることの意味は大きい。中枢館が駅前ビルの一テナントとなることは、都市構想の貧困をイメージさせる。失うものも大きいだろう。

 急速に変化する現代社会を生きるためには、学び続けることが全ての世代に必要である。学びは単なる知識や情報を得ることではなく、情報を共有しながら行う対話と協働による集合知として形成されるものとなった。これからの図書館には、協働の学びに必要な場と情報と機会を提供し支援する機能が必要となる。

 都市の未来を支える創造は、学びのために人々が集い、豊かな資料に触れるところに生まれる。広島市のために図書館がどうあるべきか。利用者を含めた当事者と共に、対話と協働による時間をかけた真剣な議論が望まれる。

 63年宇部市生まれ。基町高をはじめ広島市立高で国語科教諭、筑紫女学園大教授を経て22年4月から現職。専門はつづり方教育など大正から昭和戦前期にかけての教育。著書に「峰地光重の教育実践-学習者主体教育への挑戦-」「赤い鳥事典」(編著)など。

(2023年1月7日朝刊掲載)

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