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社説・コラム

地方紙年頭社説を読む 転換点に主権者の自覚問う

力の信奉が世界を覆う 北海道新聞

戦争の世紀繰り返すな 西日本新聞

複眼思考で対立緩和を 中日新聞

明るい展望大人の務め 南日本新聞

 新型コロナウイルス禍は4年目に入り、ロシアによるウクライナ侵攻も長引く様相を見せる。この先、どんな問題意識で、どこに視点を据え、論陣を張るか。元日付の社説には、その羅針盤を読者に示す意味合いがある。本紙と日々の紙面を交換している地方紙をめくり、針路について考えてみる。(論説委員・石丸賢)

 「国難とも言える状況」「国家の存亡」(河北新報)、「戦後国家の大転換」(福島民報)「時代の岐路」(高知新聞)。より出した言葉から、曲がり角に差しかかった緊迫感が伝わってくる。

 国の内外で営々と築いてきた「専守防衛」の信用に傷を付ける敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有、これまでの政策をひっくり返す原発回帰…。「国柄」を左右する路線変更が、トップの一存で押し進められつつあるからだ。内外の変化に乗じた、国会の論議抜き、国民不在の不意打ちである。

 北海道新聞は、疑念のありかを端的に書いている。〈力の信奉が世界を覆い、平和や民主主義など普遍的な価値観を揺るがしている。私たちは歴史の転換点にいるのか〉

 そんな時代認識は、新潟日報の一節からも見て取れる。〈「あの時こうすればよかった」と後悔しないようにしたい。転換する歴史の激流に流されず、一歩踏み込んで局面打開へと能動的に飛び出したい〉

 内外とも不透明さを増す情勢に、誰もが迷い、ためらい、立ち止まりかけている。どうやって行く手を見定め、「一歩」を踏み出すのか。

 よすがとして、世界や日本の立ち位置を長い時間軸で確かめ直す論説が目を引く。

 生命の起源までさかのぼり、説き起こしたのは京都新聞である。私たち人類が母なる地球を傷つけ、戦争で大規模な同士打ちを繰り返してきた歴史をたどる。その上で〈言葉と協力〉で繁栄を築いた人類だからこそ、〈民主主義や対話外交〉〈支え合い〉をやめてはならないと結んでいる。

 西日本新聞は時計の針を1世紀ほど戻す。スペイン風邪のパンデミック(世界的大流行)とほぼ重なった第1次世界大戦後、社会の不公平や軍縮が論じられながら「戦争の世紀」へと進んだとし、こう警鐘を鳴らす。〈過ちを繰り返してはならない。疫病と戦乱は先行きが読みにくい不確実性をもたらす〉。手掛かりは〈自明のことと信じてきた考え方や価値観、いわば「神話」を見直すことではないか〉と問いかける。

 神戸新聞が、中国の古典「礼記(らいき)」から〈遠きに行くは必ず近きよりす〉の教えを引いたのも、歴史の文脈に置き直す試みだろう。足元の課題解決から変革の一歩を論じている。

 中日新聞は天下国家の話を脇に置き、米国の人気歌手アリアナ・グランデさんが歌う曲の歌詞「あなたの視点で自分を見てみたい」を糸口に選んだ。肩肘の張らぬ「ですます」調の語り口で、他者の世界観や視点にも思いをはせる複眼思考に触れ、問い掛ける。〈今、世界を覆うひりつくような分断や対立の空気を、わずかずつでも穏やかなものに変えていくテコにならないでしょうか〉

 冒頭でも触れた安全保障にしても原発の扱いにしても、争点とすべき国政選挙では結局、焦点がぼやけてしまう。時間とともに異議や反論の声が落ち着けば、「すでに理解を得られた」ことにする。そんな政治に成り下がっている。

 だが、いっときの感情や気分に流されやすい世論は危うい。サッカー・ワールドカップのカタール大会で日本代表の采配を巡り、森保一監督の評価で手のひら返しが繰り返されたのも、一つの実例だろう。

 そんな「世論(せろん)」は、「輿論(よろん)」とは全くの別物である―。年明けのラジオ解説で、政治学者の中島岳志東京工大教授が指摘していた。世論は「ポピュラー・センチメント(大衆的な気分や感傷)」に過ぎず、時の政権は、対話や交渉を通じた「パブリック・オピニオン(公的な意見)」の輿論にこそ、よって立つべきだと説く。

 高知新聞の抱く危惧も、その点に違いない。〈問題は30%台の支持率でしかない政権が、こうした歴史的転換を国会や選挙で十分に説明せず、国民的な議論や合意を欠いたままで拙速に決めていくことだろう〉

 「輿論」が、「世論」にのみ込まれてはなるまい。そもそも岸田文雄首相が就任前、何度となく口にしたのは「民主主義の危機」でなかったか。

 この春には、統一地方選もある。自ら打ち出した「防衛増税」を巡り、岸田首相は国民の信を問う意向も示している。政権運営にアクセルを踏ませるか、歯止めをかけるかは有権者一人一人の選択だろう。そんな主権者意識を問うくだりは、いくつもの社説にのぞく。

 〈時代の奔流に流されない根源的価値を復興する。それが今を生きる者の責任だ。希望を未来へつないでいかねばならない〉(北海道新聞)

 〈次世代に責任の持てる方向に進んでいくのか。主権者としての自覚も高め、見定めていく一年にしたい〉(福島民報)

 〈平和の在り方、民意を置き去りにしない政治の在り方をわが事として考える年にしたい〉(高知新聞)

 〈平和で、暮らしやすい社会を誰もが願っている〉〈判断、選択を誤らないようにしっかりと見据え、世論を形成する一人でありたい〉(佐賀新聞)

 「防衛増税」を巡り、「今を生きるわれわれが自らの責任として、その重みを背負って対応すべきだ」と主張する首相に疑念を投げかけたのが、南日本新聞の社説だろう。〈若者とともに考えよう〉との見出しを取り、大人社会への不信感や違和感が垣間見える次世代に目線をそろえている。

 〈真面目に努力しても報われない世の中を変え、明るい将来の展望を描くこと〉こそが大人の務めだとし、〈原発事故の記憶と、先の大戦の教訓をないがしろにしかねない動き〉が足元に及ぶ現況を懸念する。

 信濃毎日新聞はロシアのウクライナ侵攻に論点を絞り、〈大国のエゴを振りかざしたロシアの侵攻を受け、日本をはじめ国際社会は「力による抑止」に急速に傾きつつある〉〈抑止による均衡は、いつ崩れるかもしれないという危うさをはらむ〉としている。

 万が一、抑止という名目で軍拡競争がエスカレートすれば、果てには核兵器の保有へと行き着きかねない。相手が核保有国ともなれば、たやすく想像がつく。被爆地広島を背負う岸田首相は、一体どんな歯止め策を持っているのだろう。

 それかあらぬか、5月に広島市で開かれる先進7カ国首脳会議(G7サミット)に期待を寄せた社説は交換紙23紙のうち、河北新報や長崎新聞、福井新聞、岐阜新聞の4紙にとどまる。外交力を長年ためてきたはずの首相にとって、ここが正念場である。

(2023年1月12日朝刊掲載)

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