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証言 記憶を受け継ぐ

『記憶を受け継ぐ』 嘉屋重順子さん―10人家族 姉2人を失う

嘉屋重順子(かやしげじゅんこ)さん(83)=広島市西区

核への怒り込め 絵筆握り続ける

 元美術教師の嘉屋重(かやしげ)(旧姓吉村)順子さんは、1988年に開かれた国連軍縮特別総会に合わせて渡米(とべい)するなど国内外で被爆の実情を語ってきました。83歳の今も精力的に創作する画家でもあります。直接的に原爆は描(えが)きませんが、核への怒(いか)りがにじみます。

 嘉屋重さんが被爆したのは6歳の時。子どもは多いほど良いとされた戦時中、嘉屋重さんにも兄1人、姉5人、妹2人がいました。年長の姉は早世し、広島市横川町(現西区)で針工場を営む父母ときょうだい計10人で暮らしていました。

 あの日の朝、兄は召集(しょうしゅう)で山口、父は仕事で岡山にいました。進徳高等女学校(現進徳女子高)に通っていた3番目の姉博子さん=当時(14)=は学徒動員で市中心部へ。母は五日市(現佐伯区)のいとこ宅に出かけました。4番目の姉道子さん=当時(12)=が同行したがりましたが、母は赤ちゃんだった末妹だけ連れて出ました。道子さんは母を見送った後、自転車で氷を買いに行きました。

 嘉屋重さんは、すぐ下の妹富美枝さん=当時(3)=と近くの叔父(おじ)宅へ行きました。いとこと遊んでいた時、上空から飛行機の音が聞こえてきました。窓の前に立ち空をのぞいた瞬間(しゅんかん)、原爆がさく裂(れつ)したのでしょう。爆心地から約1・5キロ。気付いたときには、畳も座板もない土の上に立っていました。

 叔父の家は頑丈(がんじょう)で倒壊(とうかい)を免(まぬが)れましたが、外に出ると周りの家々はぺしゃんこです。嘉屋重さんは訳が分からず1人で逃げ出しました。崩(くず)れた屋根の上を歩いて西方へ。右腕(うで)や顔、首に大やけどを負っていましたが、人波に流されるように歩きました。

 途中(とちゅう)で五日市から様子を見に来た親戚(しんせき)と出会い、己斐(現西区)の救護所で簡単な手当てをしてもらいました。

 どうたどり着いたのか覚えていません。五日市のいとこ宅で、母と再会できました。顔のやけどはひどく、右目からはしばらくうみが出続けました。

 嘉屋重さん一家は、入市した両親や兄妹を含め10人全員が被爆しました。背中に大やけどを負った博子さんは、間もなく亡くなり、氷を買いに出かけた道子さんはいまだに行方が分かりません。

 敗戦は五日市で迎えました。大人は玉音放送に泣いていましたが、嘉屋重さんは「もうつらい思いをしなくていいとほっとした」と振り返ります。戦後は父が横川に建てたバラックで、残った家族が肩を寄せ合い生活を再建しました。

 時を経て、絵が好きだった嘉屋重さんは東京の美術大に進み、広島市立中の教師になりました。やけどの痕はいつまでも消えず、原爆のことは思い出すことさえ避けていました。

 転機は教師9年目。平和教育の一環で、夏休みに家族の戦争体験を作文にする課題を出しました。「子どもに書けと言って自分が逃げていいのか」。自問自答し、自らの体験を初めて手記にしました。それを機に請(こ)われて被爆体験を人前で話すように。「同じ経験を繰り返させてはいけない」との強い思いからです。

 今、ロシアのウクライナ侵攻で多くの命が奪われ、触発(しょくはつ)されるように軍拡が進む世界を憂います。同時に思い出すのは朝鮮戦争時の「特需(とくじゅ)」。先の戦争であれだけ多くの人が亡くなったのに、日本は好景気に沸(わ)きました。娘2人を亡くし、悲しみに暮れていたはずの父が「これで景気が良くなる」と喜ぶ姿に衝撃(しょうげき)を受けたことが忘れられません。「人命が奪われることへの想像力を忘れ、目先にとらわれては駄目」。若い世代に語り、絵筆を握り続けます。(森田裕美)

私たち10代の感想

原爆は心にも傷を残す

 取材を通して、戦争はあってはならないとあらためて思いました。体験した人に消えることのない一生の傷を負わせてしまうからです。嘉屋重さんは被爆した時に腕や顔に大やけどを負ってできた痕を見せてくれました。お姉さん2人を失った体験も語ってくれました。原爆は悲しみという見えない傷も残すのだと感じました。(中1佐藤那帆)

戦争でない「賢い」選択を

 「人間が、賢くならなくてはならない」と話していたのがとても印象的でした。この言葉から、むごたらしい被害だけが残る戦争の無意味さを世界中の人が知ることで、より「賢い」選択をする必要があると思いました。そのためにも、私たちが被爆者の体験や思いを受け継ぎ、発信していくことが大切だと痛感しました。(中1西谷真衣)

 ◆「記憶を受け継ぐ」のこれまでの記事はヒロシマ平和メディアセンターのウェブサイトで読むことができます。また、孫世代に被爆体験を語ってくださる人を募集しています。☎082(236)2801。

(2023年1月23日朝刊掲載)

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