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連載・特集

[広島サミットに寄せて] 人間の尊厳 再認識を 国文学者 中西進さん

 元号「令和」の考案者とされる万葉集研究の第一人者、中西進さん(93)=京都市=は太平洋戦争中の1942~43年、広島高等師範学校付属中(現広島大付属中・高)で学んだ。原爆で犠牲になった恩師もいる。5月に広島市である先進7カ国首脳会議(G7サミット)を前に、各国首脳へ「原爆投下という愚かしい惨劇が行われた地で、人間の尊厳を再認識してほしい」と求める。(聞き手は編集委員・田中美千子)

 広島は鉄道省(今の国土交通省)の職員だった父の転勤で、小学5年から約4年間を過ごした地。思い出がいっぱいある。太田川がきれいでよく泳いだし、ハゼを釣り、天ぷらにしてもらった。おいしいんです。

 付属中は私の履歴に欠かせない。国語を教えてくれたのは、後に広島大教授となった方言学の大家、故藤原与一さんたち一流の先生ばかりだった。瀬群(せむれ)敦さん(31歳で死去)もその一人。眼鏡の向こうで目を輝かせ、いい授業をしてくれたが、原爆に命を絶たれた。愚かしい。戦争なんて絶対にいけない。

  ≪元号との関わりについては明らかにしていないが、「令和」には「うるわしい平和」への願いが込められている、と説く。≫

 元号には新しい時代の目標がこもっている。「令」は「令息」「令嬢」に使われるように、破れ目のない格の高い美しさを表す。私たちは愚かしさを捨て、格の高い平和を目指そうと、旗印を掲げているわけだ。

 しかし人はどうしても忘却する。ヒロシマ、ナガサキや終戦を詠んだ「八月や六日九日十五日」という俳句があるが、何の日か分からない人もいるのでは。忘れるからこそ、人間は理性や知性を持たないと。

 私は国境をなくすべきだと思う。国を単位に考えれば人間同士が敵対し、殺し合う。気候変動、感染症など、共に戦うべき敵は他にある。人間単位で考えないといけない。「地球は皆のもの」と理解し、国境や民族を超え、富をシェアすればいい。全地域がそう目覚めれば、何万年後かもしれないが、地球は平和な惑星になる。

 ≪ウクライナ情勢の先行きを憂慮し、広島サミットは平和実現に向けた「一歩になり得る」とみる。≫

 プーチン大統領は卑劣にも核使用をちらつかせている。「じゃあ、こっちも力を示さないと」という空気もある。核抑止は一時しのぎの議論なのに。力の強さに価値を置く認識を見直さないといけない。本当の強さとは、武力なんかじゃない。

 広島は人間の愚かさを露呈した場所。原爆投下で、人びとは尊厳のない死を強いられた。サミットに集う首脳は、国というより人類を代表していると思って、人間の尊厳こそ大事なのだと再認識してほしい。混迷の背景には国連の無力化もある。愚かしい独裁者を少なくするため、サミットがもっと実質的な力のあるものになるといい。

なかにし・すすむ
 1929年、東京生まれ。東京大大学院博士課程修了。富山県高志(こし)の国(くに)文学館長、一般社団法人日本学基金理事長、国際日本文化研究センター名誉教授などを務める。比較文学、日本文化の研究で知られ、著書多数。2013年、文化勲章受章。

(2023年1月24日朝刊掲載)

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