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社説・コラム

『潮流』 スラム街の記憶

■特別論説委員 岩崎誠

 忘れ難い記憶がある。10年余り前のインド視察の旅の折、巨大都市ムンバイの中で100万人以上が暮らすスラム街を訪れた。ここに生まれた貧しい青年が、クイズ番組を勝ち抜いて富を得られるか―。英国映画「スラムドッグ$ミリオネア」の舞台でもある。

 確か貧困者を支援する団体のツアーで1時間余り足早に歩いた。学校もあれば工場もあり、衛生面に少々問題はあっても人々はたくましく生きていた。元気で走り回る子どもたちの笑顔も印象に残る。ただ富裕層向け高層マンションが向こう側に林立する光景に、右肩上がりの成長とともに広がる格差を肌で感じた。

 このスラムの姿に海外ニュースで接したのはコロナ禍のさなかだ。住民の多くが感染した、と。対策が進んだとの続報も見たが実情はどうだったか。

 そのインドの人口が14億人を超え、頭打ちの中国を抜いて世界一となる見通しだ。同時に核兵器や弾道ミサイルも含む軍事力の増強が続く。ライバル中国をにらんだ自衛隊との共同訓練の一方、歴史的に深いロシアとの関係はウクライナ侵攻後も一定に維持する。

 1957年にインドのネール首相が広島を訪れた時の言葉を思い返す。原水爆禁止と軍縮を力強く訴えて「私はヒロシマに学べ、と世界に訴える」と語った。その思いは、どこに行ってしまったのだろう。

 巨大スラムに象徴される国内の矛盾を抱えたまま、存在感を強める人口世界一の核保有国。その動向は読み切れないが、再び被爆地と思いを重ね合わせることが不可能とは思わない。

 インドは20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の議長国でもある。広島で開く先進7カ国首脳会議(G7サミット)では、モディ首相にオブザーバー参加を求めてはどうか。「核兵器のない世界」への道筋を本当に議題とするのなら。

(2023年1月28日朝刊掲載)

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