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社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「亜鉛の少年たち―アフガン帰還兵の証言 増補版」 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、奈倉有里訳(岩波書店)

戦争の現実語る小さな声

 母親の慟哭(どうこく)に、のっけから胸が締め付けられる。「戦争は女の顔をしていない」などで知られるノーベル文学賞作家が、ソ連によるアフガニスタン侵攻に従軍した兵士や家族の声を聞き取り、同時代の戦争に迫ったドキュメンタリー文学である。

 1979~89年、ソ連は「国際友好」という「大義」の下、アフガンへ軍事介入。派兵された若者の多くは心身に癒えがたい傷を負うか、遺族が中身を見ないよう密封された「亜鉛の棺」となって帰ってきた。

 だが当時ソ連で公になるのは、戦争を「正義」とし兵士を英雄視する言説ばかりだ。疑問を抱いた著者は戦地へ赴く。そこで少年のような兵士の死を目の当たりにする。彼らに殺りくへの無感覚を強い、体を肉片にしてしまう戦場のリアルを聞く。帰還兵や家族のその後の苦しみも―。

 小さな一人一人の声の断片が並ぶ本書は、歴史書からはうかがい知れない、戦争の狂気や人間の深淵(しんえん)を浮かび上がらせる。

 その衝撃ゆえだろう。原著の発表後、著者は一部の帰還兵や遺族に訴えられてしまう。名誉や尊厳が傷つけられたというのだ。増補版である本書は、終盤を法廷でのやりとりに割く。

 著者は言う。歴史となる以前の同時代の「生きた声」は「痛みや悲鳴であったり、犠牲であったり犯罪であったりします」と。裁判記録からは、傷ついた人々の痛みをたくみに利用し、戦争を美化しようとする勢力の意図も見え隠れする。

 歴史から教訓を学ぼうとしない姿勢は、ロシアのウクライナ侵攻にまっすぐつながっている。アフガンはその後も大国に翻弄(ほんろう)され、今も人道の危機にある。すべて忘却は許されない。

これも!

①スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ・鎌倉英也・徐京植・沼野恭子著「アレクシエーヴィチとの対話」(岩波書店)
②スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、三浦みどり訳「ボタン穴から見た戦争」(岩波現代文庫)

(2023年2月6日朝刊掲載)

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