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社説・コラム

社説 首相秘書官更迭 政権の感覚が問われる

 許しがたい暴言であり、岸田文雄首相に言われるまでもなく言語道断である。

 首相秘書官で経済産業省出身の荒井勝喜氏がLGBTなど性的少数者や同性婚の在り方を巡って「隣に住んでいたら嫌だ。見るのも嫌だ」などと露骨極まりない差別発言をした。

 首相がこうした発言から一夜明けたきのう、更迭の方針を即断したのは当然のことだ。首相の政策判断を支える秘書官が失言で更迭されるのは極めて異例で、任命責任が厳しく問われるのは間違いない。さらに言えば日本の政権そのものの人権感覚が疑わしいと、欧米などから見られても仕方あるまい。

 首相はすぐに「内閣の考えに全くそぐわない」と事態収拾を図った。ただ国民からすれば本当か、と思いたくなる。それだけ荒井氏の発言は根が深い。

 とりわけ気になったのは、仮に日本で同性婚が導入されれば「国を捨てる人が出る。秘書官室は全員反対」と言い放ったことだ。記者団のオフレコ非公式取材で口が滑ったのだろうが、聞き流すわけにはいかない。

 首相秘書官は岸田氏の長男も含めて8人。その中で荒井氏はかねて岸田氏と縁が深く、秘書官に起用された。広報担当として官邸の情報発信に当たるほか演説などの原稿も執筆してきたという。首相にとって極めて重要な存在だった。

 一転して発言を撤回した際に荒井氏は「完全に個人の意見だった」と弁明したという。他の秘書官たちの見解は明らかではないが、一つ言えることは、こうした差別的な意見の持ち主が一人でも官邸の中枢にいること自体が問題であることだ。

 岸田首相は荒井氏更迭に当たり「多様性を尊重し、包摂的な社会を目指していく」との内閣の方針を説明し、発言はそれに反することを強調した。ただ、この問題にどこまで本気で取り組もうとしているのだろう。

 性的少数者の権利に対する社会的な認識は高まっている。条例などで同性カップルを婚姻に相当する関係と認める「パートナーシップ制度」は、全国で250以上の自治体に広がった。同性婚を認めない現行の法規定についても札幌地裁はおととし「違憲」と初判断。昨年は東京地裁も「違憲状態」と指摘した。共同通信の世論調査では若者を中心に7割以上が同性婚を認めるべきだと答えている。

 世界はもっと進んでいる。同性婚やそれに準じる同性カップルの権利を保障する制度を持つのは約30カ国・地域に上り、先進7カ国(G7)で認められていないのは日本だけだ。

 なのに同性婚については伝統的な家族観を重視する自民党保守派の意向を踏まえてか、首相は及び腰に見える。今月1日の衆院予算委員会で同性婚の法制化について問われた首相は「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」と慎重な姿勢を示し、野党の批判を浴びた。

 一方で首相はきのう、全ての人々の人権や尊厳を大切にする共生社会の実現に取り組む、とも口にした。これは社会を変えるという意味ではないのか。

 週明けの国会では、政権の姿勢がただされるのは避けられまい。首相は原点を見つめ直し、人権や多様性をどう守っていくのか、きちんと説明することから始めるべきだ。

(2023年2月5日朝刊掲載)

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