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社説・コラム

『潮流』 美術館と接収の記憶

■論説委員 吉村時彦

 東京に取材に出かけた際に上野の国立西洋美術館をよく訪ねる。印象派の巨匠クロード・モネの「睡蓮(すいれん)」などを眺めていると、日頃のストレスも和らぐ。

 西洋美術館は実業家松方幸次郎(1866~1950年)のコレクションを基礎としている。宰相を父に持ち、川崎造船所の社長などを務めた。その財力で集められた傑作が並ぶ。

 多くは欧州各地に置かれていた。ところが先の大戦中、パリにあった400点余りをフランス政府に接収されてしまった。「泥棒まがいだ」と文句を言いたくもなるが、戦時中にはよくある話らしい。国際法でも違法とはされないようだ。

 戦後の返還交渉は当然もめた。フランス側の立場を尊重し、「寄贈返還」という妙な表現になったとはいえ、9割以上が無事に戻されたことにはほっとする。

 返還の条件に展示施設の創設を日本側に求めたのはいかにも「文化の国」らしい。これが西洋美術館の建設につながった。設計もフランスの建築家ル・コルビュジエが受け持っている。

 ただ、海外で接収されてしまった資産がいつも取り返せるものとは限らない。

 ロシアはウクライナ侵攻を機に、極東の資源開発会社「サハリン2」を事実上接収するような揺さぶりをかけている。日本側は影響が出ないよう対応に腐心しているが、とても安心できる状況ではない。

 台湾海峡問題も同じだ。有事となれば、中国にある日本企業の工場が接収される事態が起きるかもしれない。国際分業したサプライチェーンの弱点である。米国が半導体製造の国内回帰を急ぐのもうなずける。

 日本も国内に企業を戻す動きを強める時だろう。それが生産ラインのリスク回避策になり、国内の雇用拡大にもつながる。歴史的な円安もこの点では追い風に作用する。やるなら、今しかないと思うのだが。

(2023年2月4日朝刊掲載)

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