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連載・特集

緑地帯 紙谷加寿子 野薔薇のごとく③

 広島で生まれたオリジナルのオペラ「はだしのゲン」は1981年に広島市の広島郵便貯金ホール(当時)で初演し、翌年、沖縄の本土復帰10年を記念して那覇市民会館でも上演した。演奏は広島交響楽団、指揮は元エリザベト音楽大学長の故井上一清さん。私は五分刈り頭の元気な主人公の少年、ゲンを演じた。沖縄では現地出身の歌手とダブルキャスト。原爆をテーマに平和を訴えるオペラは高い評価を受け、91年には広島再演、東京公演が実現した。

 「すっごーい天気だ! 真っ青だー」。半ズボンに学生帽をかぶり、がに股で跳び上がって歌った。「ゲンそのもの」と広響の人たちに言われた。オペラの最後、ゲンが「とーちゃーん」と叫ぶ。演じていて、地の底から湧き起こる魂の声が聞こえた気がした。東京公演では総立ちの観客から拍手をもらった。「あの少年をぜひ養子にしたい」という申し出まであった。

 93年には小田健也演出で團伊玖磨作曲のオペラ「夕鶴」を上演することに。学生時代からの夢だった「つう」役のために、日本舞踊や茶道も習った。

 初演は広島。父はがんで入院中で来場できなかったが、私が日本庭園のある店で食事中、鶴に見える大きな白い鳥が突然、池に舞い降りた。父に連絡すると「頑張ったから、恩返しに来てくれたんだよ」と言われた。

 広島公演は私のCDでファンになっていただいた元中国電力会長、故多田公熙さんの御尽力もあって大成功。95年には山陰と山口県でも上演した。(声楽家、野薔薇座代表=広島市)

(2023年2月16日朝刊掲載)

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