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社説・コラム

社説 気球撃墜の要件緩和 冷静に課題を見極めよ

 領空侵犯した気球の撃墜を可能にするため、政府が自衛隊の武器使用の要件を緩和した。浜田靖一防衛相は無人機も撃墜の対象になると明言した。

 性急な印象は拭えない。これまでは日本は正体不明の気球を確認したとしても事実上、様子見して安全保障に影響はない、としていた。ここにきて米本土を横断した偵察用とみられる中国の気球を米国が撃ち落としたことで見解を一転し、慌てて追随したようにも見える。

 冷静な対応も必要だ。米議会からの突き上げで撃墜に踏み切った節もあるバイデン大統領は、習近平国家主席との対話で収拾を図る姿勢を演説で明確にした。最初の気球に続いて撃墜した三つの飛行物体についても「民間企業や研究機関、気象調査に関連する気球の可能性が高い」とトーンダウンした。この問題で米中関係全体をさらに悪化させたくないからだろう。

 確かに、日本の領空でも中国の偵察用気球と推定される物体は2019年以降に相次いで目撃されている。日本政府は中国側に再発防止を求めたが、今すぐに緊迫した事態が想定されているわけではない。

 むろん議論は必要となる。日本の安全保障を考える上で航空機以外の気球のような飛行物体への対応において「穴」があるとすれば放置できまい。

 領空侵犯を巡っては自衛隊法84条に規定がある。有人の航空機を想定し、着陸や退去させるための「必要な措置」を講じられるというものだ。武器使用は正当防衛や緊急避難に限って認められるが、無人の飛行物体に対する規定はない。

 このため政府は無人の飛行物体の領空侵犯を想定して「空路の安全確保」と「地上の国民の生命・財産の保護」のために必要と判断した場合には正当防衛や緊急避難に当たらなくても武器使用を認める、とした。

 何より問われるのは見直しの手法だろう。防衛省は短い間に自衛隊法の解釈を事実上変更した武器使用ルールの見直し案を与党に提示し、了承を得た。閣議決定は経ず、まして国会に法案を諮ったわけでもない。

 安全保障に関する問題は、常に慎重かつ丁寧な議論が欠かせない。今回の政府の決定に対して自民党内からも「軽々に解釈の変更に頼るべきではない」という異論がある。

 そもそも解釈が変わったとしても実際の対応は難しいことばかりだ。無人だからといって撃ち落とすというのはあまりにも短絡的である。防衛省にしても武器使用の前に、軍用か民間かを含めた飛行目的の確認や所有者への問い合わせなどの手順を踏むという。ただ民間の気球が迷走する例もあり、目的や所属を見極めるのは容易ではない。

 個々のケースに適正に対応するための情報分析や、高高度を浮遊する気球を撃ち落とす能力などの技術的な限界もある。さらに言えば気球と、攻撃用として実用化が急速に進む無人機は必要な対応が大きく異なる。同列に考えるわけにもいくまい。

 こうした軍事目的の気球や無人機については国際的な管理ルールに乏しい。米国も含めて、各国の思惑もまちまちだ。国連安保理の非常任理事国である日本は中国ともしっかり対話し、不測の事態を未然に防ぐルール作りにも汗をかくべきだ。

(2023年2月19日朝刊掲載)

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