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社説・コラム

『想』 難波平人(なんばひらと) 生きるということ

 西アフリカに「ベナン共和国」という小国がある。ここには1625年ごろから約260年にわたって黒人が黒人を捕らえて米国に売る奴隷貿易で栄えた王国があった。私はその史実に衝撃を受けてかの地を訪ねた。

 アボメー王国の王は絶対的支配力を持って、他民族を捕らえ奴隷貿易で長きにわたり膨大な富を蓄えたという。現存する二つの王宮の外壁には宮廷生活の様子が色彩豊かな浮き彫り彫刻などで飾られ、現在は博物館となっている。

 しかし、その王国も奴隷貿易が廃止されると、侵攻してきたフランスの植民地となった。

 さらに海に近い「ヴイダ」という町に1千万人の奴隷が通過したという門があり、奴隷道路が積み出し港まで続いていた。私も道路を歩いてみた。鎖に繋(つな)がれた奴隷たちはどんな気持ちでこの道を歩いたのだろう…。

 一方で1717年ごろから内陸部のあの王国の奴隷狩りを恐れて、ガンビエのノクエ湖の遠浅に逃げてきたトフィヌ族の集団があった。どうしても私は取材したくて、丸木舟で水上集落を目指した。湖の中に杭(くい)を打ち込んだ粗末な小屋のような家がびっしりと並んでいた。4万5千人が住む、アフリカ最大の水上集落という。学校も病院も警察も水上にあり、交通も物の売買も全て丸木舟である。主産業は漁業と養殖業。便利な陸に住まないで、何百年も民族の誇りを胸に逞(たくま)しく住み続けている姿に感動した。この水上集落を私の「世界の集落シリーズ」の作品として大作2枚を制作した。

 思えば私は4歳の時に、父の戦死に直面、辺境の厳しい風土に育った。戦後の激動の時代を懸命に生きた記憶が消えることはない。日本を経て、108カ国に及ぶ世界の集落の取材、制作はその奥にある人間の存在、人間の生きることの尊さや本質を探究する旅でもあった。

 いつも世界の過酷な場所で必死に生きる姿に深く共感するのは、少年時代の原風景と共に、そこに命の輝きが見えてくるからだ。さらに制作を通して「生きるということ」を究めたい。(広島大名誉教授、二紀会理事)

(2023年2月18日朝刊セレクト掲載)

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