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@ひろしまサミットまで 86日 宮島の戦争遺構

 廿日市市の宮島は古来、島全体が神の島としてあがめられてきました。飛鳥時代の593年に厳島神社が建立されて以降も、鎌倉時代まで人が住んでいなかったとされています。今も弥山の原始林を中心に自然が守られている宮島ですが、戦争による開発とは無縁ではありませんでした。

 明治時代には軍都広島と呉に通じる海峡を防衛するため、島内に砲台が複数設けられました。砲台を造るために築かれた道は陸軍道路とも呼ばれました。包ケ浦自然公園も軍用地でした。

 島の自然や史跡を守る活動を続けている宮島地区パークボランティアの会の末原義秋会長(69)は「ひっそりと残る砲台跡の遺構も島の歴史の一つです」と話します。(永井友浩)

(2023年2月22日朝刊掲載)

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