希望や平和 音で届ける 映画「すずめの戸締まり」音楽担当 陣内一真さん
23年2月24日
故郷の広島 心休まる場所
第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門の19作品に選出されたアニメ映画「すずめの戸締まり」(新海誠監督)。音楽を担当したのは広島市安佐南区出身の作曲家陣内一真さん(43)だ。米シアトルを拠点にドラマやゲーム音楽を手がけている。帰省した陣内さんに、創作活動と古里への思いを聞いた。(桑島美帆)
―日本のアニメ映画がベルリン国際映画祭コンペティション部門にノミネートされたのは、金熊賞を受賞した「千と千尋の神隠し」(宮崎駿監督)以来、21年ぶりです。
音楽を通して作品の一端を担えたのは大変光栄。「トラウマ(心的外傷)を乗り越え、希望を持って生きる」ことがこの物語の根幹だと思う。映画の魅力が広まり、世界中で公開される出発点になってほしい。
―災害の予兆のような「ミミズ」の登場シーンをはじめ、独特の音色が印象的です。
新海監督から求められていたのは「耳に届く音」。ミミズが空へ昇っていく場面は、尺八のような音を記号的に使っている。竹笛の音のピッチをコンピューターで下げて太く低い音にし、和太鼓も加工を重ねた。実在しない音をつくることで、現実と異世界のはざまの雰囲気を出した。音の構成は一つの言語でもある。何かしら主張する音を入れている。
ここまで大規模な作品を担当したのは初めて。約30曲のうち(ロックバンドの)「RADWIMPS」と半々ぐらい担当した。
―なぜ作曲家を志したのですか。
音楽との最初の出合いは小学3年の時。新聞広告でフルートの写真を見て、中区のヤマハ音楽教室で習い始めた。「耳コピ」でアニメソングを吹いて演奏する楽しさを覚えた。英語教室で日本以外の世界を知ったことも大きい。高校時代、「自分でプログラミングすればゲームができる」と父親が買ってきたパソコンで簡単なゲームづくりに夢中になり「音をつくる」ことにも興味が湧いた。
本格的に音楽を勉強したいと思ったのは、高校3年のときに恩師の勧めでシアトルの公立高へ留学したことがきっかけだ。大ヒット映画「タイタニック」や「グローリー」を現地で見て、ジェームズ・ホーナー(2015年に61歳で死去)が作曲した映画音楽に圧倒された。ブラスバンド部の顧問の先生と相談し、バークリー音楽大へ進学することを決めた。
―西区出身の児童文学作家那須正幹さん(21年に79歳で死去)の遺作「ばあちゃんの詩」の前奏と後奏も作曲しました。広島はどんな存在ですか。
18歳で離れたが、自分にとって一番心が休まる場所だ。川が流れ、山に囲まれた風景を見るたびにほっとする。小学校から、漫画「はだしのゲン」を読んだり、被爆者の話を聞いたりして育った。母方の祖母は被爆者だ。五日市(佐伯区)の方で、負傷者の救護に当たったと聞いている。
年々、大きな作品に関わる機会が増えてきた。作曲家は制作チームの一員。「すずめの戸締まり」のように、「希望」や「平和」につながるメッセージを伝えられる作品に携わっていきたい。
じんのうち・かづま
1979年生まれ。祇園東中、安芸府中高国際科を経て2002年、米バークリー音楽大卒。11年米マイクロソフトに入社し、18年に独立した。人気ゲーム「メタルギアソリッド」シリーズ、米配信大手ネットフリックスのアニメ「ULTRAMAN」などの音楽を作曲した。
(2023年2月24日朝刊掲載)