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社説・コラム

『潮流』 「慣れ」への自戒

■ヒロシマ平和メディアセンター長 金崎由美

 「露、ウクライナ派兵命令」「ウクライナ情勢『侵攻の始まり』」。昨年のこの時期の本紙朝刊1面を見返しながら、この1年間でいかに世界が一変してしまったかを思う。

 おびただしい数の市民が犠牲となっている。しかもロシアのプーチン大統領は核兵器使用をほのめかす暴言を繰り返す。領内か周辺で本当に使われれば、どうなるか。あるいはザポロジエ原発が攻撃を受け爆発する事態となれば―。放射能汚染が深刻となり、戦争終結にこぎ着けても古里を追われたウクライナの人たちが帰還する道は事実上断たれるだろう。絶対に起こってほしくない。

 国土の惨状と、広島を含め世界に離散した人たちの境遇を想像するとつらい。とはいえ戦争が長引く中、どこかニュースに慣れていないか、とも自戒する。電気料金の高騰は痛感しても、日本から戦禍の恐怖を真の意味で実感することは難しい。

 漫画家の故中沢啓治さんが死の前年に語った「漫画にはにおいも音もない。私が描けたのは現実のほんの一部だとも知ってほしい」「現実はこんなもんじゃない」との言葉をちょうど、思い起こしている。過酷な原爆体験。戦争主導者らへの怒り。不屈の精神。「はだしのゲン」は多言語に翻訳され、世界で読まれている。全10巻のロシア語訳や中沢さんが市に寄贈した大量の原画を、プーチン氏に突きつけたくなる。

 関心の薄れこそ、侵略者の思うつぼ。今の日常とはかけ離れた戦争について「分からない」と思考停止するのでなく、「知っている」と慢心するのでもなく、「現実のほんの一部」を起点に、自分の関心を持続させたい。

 「ウクライナ情勢『侵攻の終わり』」と見出しを紙面に刻む日と、困難であろう復興に向けて、被爆地から「核兵器ノー」「戦争ノー」を発信し続けなければならない。

(2023年2月23日朝刊掲載)

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