×

社説・コラム

天風録 『ウクライナの子どもたち』

 グリム兄弟ゆかりの地や童話の舞台となった町が連なるドイツ北西部のメルヘン街道。よく知られているのがハーメルンだろう。13世紀のこととはいえ、130人もの子どもが突然、笛吹き男に連れられて姿を消したのだから▲グリム童話で広まった事件だが、真相は今もはっきりしない。多くの研究者が解明に挑んできた。昨年秋に出版された「『笛吹き男』の正体」は、ページを繰る手が止まらなかった。著者の浜本隆志氏が指摘するドイツ史の闇に新しい視点を感じた▲実際、ナチスは占領した国々から「優秀」と判断した子どもを数万人もドイツへ連れ帰っていたという。昔話だと片付けられない。今まさにロシアがウクライナから子どもを連れ去っているからだ▲少なくとも6千人に上るという調査結果を米国の大学などが先日まとめた。1万人を超すとのウクライナ政府の集計もある。無理やり親から引き離して、ロシアで愛国教育や軍事訓練を押し付けているという。悪質さでは、決してナチスに劣るまい▲戦火が起きれば子どもにしわ寄せが行く。広島も原爆の惨禍で味わった。力で他人を意のままにしようとする指導者を一網打尽にする笛はないものか。

(2023年2月25日朝刊掲載)

年別アーカイブ