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社説・コラム

天風録 『切手という「国の名刺」』

 本土復帰前の沖縄で、記念切手の発行が立ち消えになったことがある。図柄は「沖縄学の父」と呼ばれた民俗学者の伊波普猷(いはふゆう)。為政者である米軍に牛耳られる島人(しまんちゅ)に自立を問いかける存在でもあった▲米軍にとっては目の上のたんこぶだったろう。ノンフィクション作家の与那原恵さんも新著「琉球切手を旅する」で裏話に触れ、米側の意向だったとみる。数センチ四方に国宝級の自然や文物を描く切手が「紙の宝石」と並び、国情を映す「国の名刺」との代名詞も持つゆえんである▲ロシアによる侵略から1年となったウクライナで、謎の路上芸術家バンクシーの壁画をあしらった切手が発売されたという。小さな男の子が、プーチン大統領を思わせる大人を投げ飛ばす瞬間を描いている。昨年、首都キーウ近郊の崩れかかった建物の壁で見つかった▲小よく大を制す。言わずと知れた、柔道の妙味である。切手は、対ロシアになぞらえ、勇気づけた壁画の受け売りだろう。バンクシー自身、十数年前の書籍で「著作権は、敗者のもの」としている。本望かもしれない▲ただ、戦争に勝者などはいない。そして、打ちひしがれる「敗者」は、いつだって市民にほかならない。

(2023年2月28日朝刊掲載)

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