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連載・特集

[考 fromヒロシマ] 8日は国際女性デー「ジェンダーと核兵器」の今

「格差こそ非人道性」 世界の潮流

 2021年1月に発効した核兵器禁止条約(TPNW)は、「ジェンダー(社会的性差)」の視点から核兵器の問題に言及した初の条約とも位置付けられている。条約実現を目指した国々や世界の市民のどんな問題意識が込められているのか。8日は国連が定めた国際女性デー。ジェンダーの視点から関連条文を読むとともに、核兵器を巡り広島から何を考えるべきかを探りたい。(金崎由美、森田裕美)

 核兵器禁止条約について被爆地では、米国の「核の傘」を求める日本が条約参加を拒み続けていることや、前文に「ヒバクシャ」と言及されたことが主に注目されてきた。

 その前文には「核兵器の壊滅的な被害は(中略)現在及び将来の世代の健康に重大な影響を及ぼし、電離放射線の結果によるものを含め女性と少女に過大な影響を与える」とのくだりもある。核兵器の被害は被爆地が特に強く訴えてきた「無差別性」にとどまらない、さまざまなジェンダー格差が伴うという前提だ。

 オーストリアの首都ウィーンで核兵器禁止条約の第1回締約国会議が開幕する前日の昨年6月20日、同国政府主催の「核兵器の非人道性に関する国際会議」があった。13~14年にノルウェー、メキシコ、オーストリアで開かれ、条約交渉への弾みとなった国際会議の再来だ。

 オーストリア外務省のクメント軍縮局長の紹介で、米メリーランド州の市民団体「原子力情報資料サービス」で長年活動してきたメアリー・オルソンさんが登壇。低線量被曝(ひばく)の健康影響に関する米科学アカデミーの06年報告書(BEIR Ⅶ)を自ら分析した結果として「放射線は男性・少年よりも女性・少女にとって危険だ」と強調した。BEIR Ⅶは、放射線影響研究所(広島市南区)が続ける被爆者調査などのデータに依拠している。

 オルソンさんは14年の第3回会議にも登壇した。11年の東京電力福島第1原発事故の直後に女性と子どもへの健康影響を懸念して書いた報告書がクメント氏から評価されたという。やはり禁止条約に熱心なアイルランドなどとも連携してきたオルソンさんは、中国新聞のオンライン取材に「核兵器被害は最初は無差別的だが長期的には性別で格差が出る。それこそが核兵器の非人道性」と訴えた。

 国連軍縮研究所(UNIDIR)などもオルソンさんの指摘と重なる内容の報告書を出している。いずれもデータの比較方法が議論を呼ぶ可能性はあるが、核兵器を巡る「ジェンダー格差」への注目が条約実現への勢いを与え、条文にも影響を与えたことは確かだろう。

 翻って日本では、日本被団協が原爆被害は「からだ、くらし、こころ」のあらゆる領域にわたると訴えてきた。放射線感受性が高い幼少期の被爆の影響。生活破壊。結婚や就職の差別。妊娠と出産の不安―。

 被爆者の長年の訴えにジェンダーの視点を加え、若い世代があらためて光を当てるべき時かもしれない。

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 前文は、核軍縮の分野における女性の参加も強く打ち出す。「男女双方の平等、完全かつ効果的な参加」が「平和の達成に不可欠の要素」だとする。

 核兵器を安全保障に必要な「力の源」とする国と、男性が占めてきたその国の権力者たちに意思決定を委ねる限り核兵器はなくならない―。禁止条約の土台にある考えだろう。

 国連安全保障理事会は00年、紛争下では女性と子どもが特に影響を受けるとして、紛争解決への女性参加や、平和維持活動での「ジェンダー視点の早急な主流化」などを求める決議1325号を採択した。核兵器の問題についても同様の議論が本格化したのは、核拡散防止条約(NPT)再検討会議で「核兵器の非人道性」に言及した最終文書が採択された10年以降のこと。毎年の国連総会決議や、グテレス事務総長が18年に発表した文書「軍縮アジェンダ」も「ジェンダー平等」を強調する。

 それは「女性は平和的」と一律に分類したり、ただ人数合わせをしたりするのとは違う。性的指向、人種、民族を問わず多様な当事者の平等な参加の権利。それが核兵器を巡る議論をも変える、という考えだ。各国で共有されるに至っていないのも現実である。

禁止条約条文は「被害者の権利回復や地位向上のためのもの」
 核兵器禁止条約の6条1項は「国際人道法と国際人権法に従い、差別なく年齢や性別に配慮した医療ケアやリハビリ、心理的な支援を提供」と規定する。クラスター弾禁止条約にならった記述である。世界で2千回以上行われた核実験を念頭に条約は被害者救済や環境汚染への対処に取り組むと記す。

 シンガー・ソングライター瀬戸麻由さん(31)=呉市=は、米国の核実験場だったマーシャル諸島などの若者との連帯を目指す活動をしている。昨年6月、核兵器の非人道性に関する国際会議や第1回締約国会議を傍聴した。条約推進の先頭に立つ核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))の主催イベントにも参加した。

 その間、「年齢や性別に配慮」という文言を巡って強めた思いがある。日本語のニュアンスと違い、「強い者が弱い者を保護する、という権力関係でなくて対等。条文は核被害を受けた当事者一人一人の権利回復やエンパワーメント(地位向上)のためのもの」。締約国会議の雰囲気も象徴的だった。市民が座る席と外交官席の間に仕切りがなく、両者はより「フラットな関係」だと感じたという。

 条約前文は、核実験被害を念頭に「核兵器に関する活動が先住民にもたらす過大な影響」にも言及する。

 強い国が大量破壊兵器を手にする横暴を是認されたり、同盟国に「核抑止」という庇護(ひご)を与えたりしている構造を問うこと。核兵器の維持が往々にして先住民の強制移住や植民地支配なしにできないという実態を問うこと―。ジェンダーの視点から考えれば、それらはつながって見える。ウクライナに侵攻し、核の威嚇をなお続けるロシアに限った問題ではないだろう。

被爆地の取り組みから ひろしま女性学研究所主宰・高雄さんに聞く

 日本ではジェンダーという言葉が「女性の問題」として狭義に捉えられる傾向にある。そのため男性中心の反核運動に「女性を入れる」ことがジェンダー視点だと誤解されたりするが、そう単純な話ではない。

 ステレオタイプに語られるヒロシマをジェンダー視点から解体し問い直す―。体現してきたのがひろしま女性学研究所(広島市中区)主宰の高雄きくえさん(73)だ。公民館での講座や活動を重ね、2015年には「被爆70年ジェンダー・フォーラムin広島」を催して全国から注目を集めた。21年には「ジェンダー×植民地主義 交差点としてのヒロシマ連続講座」を通年で開き、延べ千人以上を集めた。地道な取り組みを続ける高雄さんに被爆地の運動とジェンダーについて聞いた。

当事者性持ち告発する力に

 私たちはヒロシマの経験から「核と人類は共存できない」という教訓を学び、核兵器廃絶のメッセージを発信してきた。しかし「大きな物語」を掲げる運動では、それを根底で支える個人史や家族史といった「小さな物語」に目が行きにくい。そこに気付くにはジェンダー視点が必要だが、広島の運動では「小さな物語」がうまく問題化されてこなかったように思う。

 もちろん被爆地でもかねて、当事者や市民がジェンダーや植民地主義といった切り口から問題提起して活動してきた。ただそうした動きは「ヒロシマの心」などとして「大きな物語」に回収される傾向があり、周縁化されてきた。点が線や面にはなっていない。

 戦争反対や核兵器廃絶といったテーマは壮大で抽象的だ。それ故に「大きな物語」で語られ、見過ごされたヒロシマがたくさんある。例えば、「原爆乙女」という言葉。無垢(むく)な被害者として女性が表象されることで、戦争を支えた「銃後の女」から現在に至る歴史の連続性は不可視化される。焦土から復興した平和都市として語られることで、軍都として侵略に加担した歴史や被爆後間もない広島に占領軍のための慰安所が設置されたという「暴力」は見えなくなる。

 日常に存在する暴力と、究極の暴力である核兵器を切り離して考えることはできない。核兵器禁止条約の議論にジェンダー視点が入っているのは、核の問題が日常の延長線上にあると捉えられているからだろう。

 私たちはいま一度ヒロシマを謙虚に学び直す必要がある。よく理論と運動は車の両輪だといわれるが、理論は運動に包摂されていると思う。グループで活動することだけが運動ではない。同床異夢ならぬ「異床同夢」で、核兵器廃絶を進めることはできる。ジェンダー視点からヒロシマを検証することは、遠回りに見えて、実は当事者性を持って核兵器を告発する大きな力になる。(談)

(2023年3月6日朝刊掲載)

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