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社説・コラム

天風録 『今井政之さん』

 思わぬ訃報で今後、お目にかかれるのは遺作となる。疎開先の竹原市で少年時代を送った陶芸家今井政之さんの花瓶や花つぼ計3点が、今日まで広島市中区の福屋八丁堀本店で画廊に並んでいる。92歳だった▲いる、いる。晩年に沖縄の石垣島で釣り上げた熱帯魚のアカジンミーバイ。竹原暮らしでおなじみになった、戦国武将の兜(かぶと)みたいな面構えのオニオコゼ。おおらかで、どこか愛嬌(あいきょう)ある魚がお気に入りのモチーフだった▲別の色土をはめ込んで焼く技を編み出し、「面象嵌(ぞうがん)の今井」と呼ばれた。粘土細工ならまだしも、陶芸は火を入れる。土ごとに縮む割合も異なり、読み誤れば、ひび割れや隙間ができてしまう。文化勲章も試行錯誤のたまものに違いない▲陶芸の道を志したのは戦後、20歳ごろ。「日本も平和になったんやし、陶芸でもやらへんか」。骨董(こっとう)好きな父の勧めだった。戦時中、防空壕(ごう)の中でも、退屈しのぎに鋳型で遊んでいたわが子の姿を伝え聞いたのだろう▲原爆の火にさらされた人の列を竹原で目の当たりにしたという。土と炎の芸術に携わる者として「平和になったんやし」には、くすぶる思いもあったはず。新作を、もっと待っていたかった。

(2023年3月7日朝刊掲載)

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