×

社説・コラム

[歩く 聞く 考える] 事故から12年の福島 語り、見つめ、問わねば 繰り返す フォトジャーナリスト 豊田直巳さん

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から12年。膨大な復興費が投入され、除染も進められたが、福島の現状はどうか。事故翌日に現地入りしたフォトジャーナリスト、豊田直巳さん(66)はその後も福島に通い、取材を続ける。ルポルタージュや写真展、また監督したドキュメンタリー映画などで福島の今と住民の思いを伝えている。ファインダーの向こうに見える福島やこの国の姿、変化を聞いた。(論説委員・田原直樹、写真も)

  ―福島を12年間取材してきて今、感じることは何ですか。
 原発事故が起きれば何年たとうと、地域も人も元には戻らない、あまりに失うものが多いということです。まだ大半の人が住んでいた土地に戻れていません。なのに多くの国民は復興が進んだと誤解していませんか。

  ―ここに来て原発政策の大転換が打ち出されました。
 年月がたって関心が薄れたのを見計らったように、政府が原発回帰へかじを切る。この国は事故を反省せず、何も学んでいないのだなと、あきれます。

  ―再稼働が各地で進められそうです。
 ある原発と立地自治体で住民の避難計画を見て驚きました。避難想定を1週間ほどとしており危機感が薄い。本当に事故が起きたらどうなるか想定せず、再稼働ありきで作ったようです。台風のため1週間、体育館で過ごすのとはわけが違う。福島は今も何万人もが避難生活を送っています。そこから目を背け、動かすのでしょうか。

  ―廃炉も、復興も進んではいないのに、世の中は随分変わってしまいました。
 12年たって現地も変わってきました。特に残念に思うのは、取材に応じてくれる人が減ったことです。原発事故や放射線被害について、多くの人が話したがらなくなりました。

 福島や避難先で悩みや苦情を口にすると「まだそんなことを言っているの」と言われたり、「風評被害を広めるのか」と非難されたりすることもあるらしい。日々の生活に支障が出ては困るから話さないのでしょう。

  ―でも例えば処理水放出などには思いがあるはずです。
 ところが漁協の組合員に尋ねても口をつぐむ人がほとんど。理由を聞くと「話したら怒られるから」と言うのです。さまざまな利害が絡むのか。分断も進んでいるようで残念です。

  ―記憶の継承が大事なのに、もの言えぬ空気が広がるとは。
 「自分が何か言ったところでどうせ…」という諦めもあるようです。結局、国や行政は何も変わらないという現実を、思い知らされてきたからでしょう。

  ―除染が進み、避難指示が解除された地区は、人が戻り始めたのでは。
 除染した田んぼの上に、太陽光パネルが並んでいるところも目立ちます。除染しても、元々過疎地だから米作りを再開する農家は極めて少ない。一体、誰のために除染、復興を進めているのか。

 避難住民の家もどんどん解体されています。朽ちた家は被害の象徴のようなものですから、国も見せたくないのでしょうか。汚染土を詰め、山積みされていたフレコンバッグの大半は中間貯蔵施設へ運ばれました。建物解体も進んで被害が消されたように見えなくなっています。今訪れても、どこが汚染された土地か分からないでしょう。

  ―原発事故の記憶が薄れ、消えることには不安も感じます。
 このままでは事故が繰り返されかねません。福島をしっかり記録し、伝え続けることが大切です。ところが10年を過ぎた頃からマスコミも3月11日前後しか報じなくなりました。いわば「3月ジャーナリズム」になっている。原発事故を扱う雑誌や出版物も少なくなり福島に通うジャーナリストも減りました。

  ―課題に触れず、明るい面だけ伝える報道も散見されます。
 マスコミの視座、存在意義が問われますね。飯舘村の祭りが10年ぶりに復活した時、ある新聞社はみこしを担ぐ住民の表情をアップで撮影しましたが、私の写真は周囲のフレコンバッグを含めた構図です。喜ばしいニュースの背後にある現実も伝え、考えてもらう。福島を写すとはそういうことです。

  ―原発とどう向き合うかを考えるためにも、福島への関心を喚起せねばなりません。
 私が取材してきた人の中には失望して命を絶った方、失意のうちに亡くなった方もいます。その無念を思い、今後も福島を見つめ、問い続けます。新しい表現や幅広い発信ができる若い人も、問題意識を持って加わってもらいたいですね。

とよだなおみ
 静岡県川根本町生まれ。中央大文学部卒。塾講師の傍ら、レバノン戦争を取材。その後、報道写真を専業にし、イラク戦争や紛争地を撮影。ドキュメンタリー映画「遺言 原発さえなければ」など監督。著書も「イラク 爆撃と占領の日々」、「それでも『ふるさと』」など多数。岩波ブックレット「フォト・ルポルタージュ」は第4弾「福島 人なき『復興』の10年」まで刊行。「これは『復興』ですか?」を雑誌「科学」に連載中。

■取材を終えて

 夏にだけ戦争や平和を扱う報道が8月ジャーナリズムとやゆされるが、「3月ジャーナリズム」も自戒せねばなるまい。コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻など世界はめまぐるしく動くが、福島の事故とその後を忘れるわけにはいかない。もっと足を運び、見つめなくては。

(2023年3月8日朝刊掲載)

年別アーカイブ