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社説・コラム

天風録 『識字率神話』

 欧米では外国映画は吹き替え版が主流らしい。それに対し、日本は世界でも珍しい「字幕大国」と、字幕翻訳家の戸田奈津子さんは著書「字幕の花園」につづる▲最近は3D上映の増加などで、吹き替え版がはやりだ。それでも外国映画を味わうには俳優のそのままの声を聴かねば、という向きも多かろう。戸田さんは字幕が定着した理由の一つに、識字率の高さを挙げる。漢字を使えば少ない文字数で済む日本語の特徴が生んだ文化という▲わが国の識字率はほぼ100%―と長らく語られてきた。根拠となると、占領下の1948年に実施された「日本人の読み書き能力調査」にさかのぼる。もはや「神話」の域である▲3年前の国勢調査で義務教育の未修了者は90万人に上った。戦争で学べなかった高齢者に加え、不登校や親の虐待で学校に通えなかった若者も含まれよう。日本に暮らす外国人も増えた▲こうした変化を踏まえ、国立国語研究所が全国規模の識字調査を計画している。先立って昨年、岡山市の夜間中学校で実施した調査は、約2割が「日常生活に支障の恐れ」との結果だった。長い空白を経た実態把握を、学び直しや共生社会の後押しにつなげたい。

(2023年3月16日朝刊掲載)

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