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広島市の被爆体験伝承事業 証言者高齢化で研修断念相次ぐ 参加者は「続けたい」

 被爆体験証言者に付きながら研修を重ね、終了後はその人に代わって体験を語る広島市の「被爆体験伝承者」。証言者の死去に伴い、市の方針で研修が取りやめとなるケースが相次ぐ。一方で、研修の継続を切望する研修生は多く、市は対応を迫られている。(新山京子)

 2月中旬、原爆資料館(中区)に伝承者と研修生たち計95人が集まった。研修方針への不満の声を踏まえ、市が初めて開催した意見交換会だ。議論は非公開。参加者によると、研修取りやめに関する原則の変更を求める発言に対し、市側は「現行制度とは別の新たな方法を検討していく」などと話した。具体策には踏み込まなかったという。

 稲田亜由美・被爆体験継承担当課長は「研修が中断するケースが多い現状に危機感を持っている。ただ、どうすべきかとなるとさまざまな意見がある」と話す。被爆状況などの事実関係や、証言者自身が伝えたかったメッセージが正確に受け継がれるかどうか、丹念に確かめる必要性はあると説明する。

 伝承者研修は約2年間。原爆被害などを学ぶ講義を受けた後、証言者とミーティングを重ね、被爆体験を原稿にまとめる。実習を経て市に認定されると、原爆資料館などで修学旅行生らに語る活動をする。事業は2012年に始まり現在164人が登録している。

 証言者が体調不良になったり亡くなったりした場合、市は完成原稿が証言者本人の確認済みであることを重視し、研修継続の可否を決める。継続できなかった研修生はこれまで113人に上る。多くの研修生を抱えていた証言者3人が21、22年に相次ぎ亡くなったことが影響している。

 松野厚子さん(78)=安佐南区=は断念を余儀なくされた研修生の一人だ。李鍾根(イジョングン)さんの体験伝承を目指してきたが、李さんは22年7月に93歳で亡くなった。

 21年4月から月1回「あの日」の体験や在日韓国人被爆者としての苦難の人生を聞き取った。何度も書き直し、約1万字の原稿が完成したのは李さん死去の5日前。市の担当職員に提出したが本人に読んでもらえなかった。「生前の李さんから『語り継いでほしい』と言われ、活動への決意を固めていた」と悔しがる。

 証言者の考えはどうだろうか。切明千枝子さん(93)=同=は「研修生とは原稿が完成する前から何度もやりとりがあり、信頼している。万が一の際も、市の担当者が原稿に目を通してくれればそれで構わない」と話す。

 被爆者の平均年齢は昨年3月末時点で84・53歳。語り継がれる体験が事実に忠実であることが大前提である一方、「自分が亡き後も多くの若い世代に語り継いでもらいたい」という証言者の思いも切実だ。被爆者の高齢化に直面する制度を持続可能にするには―。幅広い議論の中で方策を探っていく必要がある。

(2023年3月27日朝刊掲載)

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