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連載・特集

艦載機 移転5年 <中> 安心安全対策

犯罪被害の救済に壁

地位協定 60年改定なく

 「こんなに解決に時間がかかるとは」。岩国市内の自動車販売店に勤める男性(38)はため息をつく。昨年12月3日、自身のために納車したばかりの車を盗まれた。米軍岩国基地の海兵隊員の男(20)が犯行に及んだとされる。

 隊員は市内で追突事故を起こし、約300メートル離れた基地に逃げ込んだ。岩国署は「逃走の恐れがない」などとして逮捕せず、今年1月30日に書類送検した。山口地検岩国支部は2月15日に在宅起訴した。飲酒運転の疑いも発覚した。

 男性は今、国を窓口に米側と補償について協議している。隊員は事件当時、公務中でなかった。日米地位協定では、米軍関係者が公務外で起こした事件や事故で支払い能力がない場合、米政府が代わりに補償する。被害者が補償金額に同意できない時は日本側が差額を支給する。ただ被害者が損害賠償を求める裁判を起こし、額を確定させる必要がある。

補償は米側次第

 「逮捕もされず、補償の見通しも立たない。被害に遭ったのに、なぜこんなに苦しまなければいけないのか」と男性は憤る。地位協定に詳しい琉球大の山本章子准教授(国際政治史)は「米側が提示する支払額は不十分なケースが多い。裁判を起こしたり再度請求したりすることを禁じるなど、さまざまな取り決めも求めてくる」と説明する。

 米空母艦載機が岩国基地へ移転するのに伴い岩国市は2008年、43項目の安心安全対策を国に求めた。うち34項目(79%)を市は「達成または進展中」とする。「未達成」の9項目に地位協定の見直しも含まれ、損害賠償の手続きの迅速化は「進展中」とする。

 福田良彦市長は今回の事件を受け、男性が適正な補償を受けられるよう浜田靖一防衛相やエマニュエル駐日米大使に要請し、地位協定の改定を求めた。地位協定が1960年に発効して以来、日米両政府は運用を見直してきたが、改定されたことは一度もない。

 岩国基地で3月、市民に今後影響を及ぼす可能性がある動きがあった。オーストラリア空軍機が6日に飛来し、海上自衛隊などと部隊交流した。豪空軍の部隊は滞在した数日間、岩国市内のホテルに泊まった。

英豪軍にも懸念

 政府は2月、自衛隊と豪軍・英国軍が共同訓練しやすくする円滑化協定の関連条約と法案を閣議決定した。入国や装備の持ち込みの手続きを免除し、中国の軍事的な脅威を念頭に防衛協力を加速させる狙いがある。円滑化協定は地位協定と同じく公務中の隊員が日本で罪を犯した場合、日本に第1次裁判権はないと定める。これまで米軍以外で事件や事故の裁判権などを定める協定はなかった。

 世界の基地問題に詳しい東京工業大の川名晋史准教授(国際政治学)は「米国に有利な地位協定より対等な協定だが、英豪の部隊が日本の自衛隊基地を使えるようになり、協定を煙幕として有事の際の準備ができる」と説明。「協定が発効されれば米国以外の軍隊も岩国を訪れる機会が増え、市内で犯罪が起きる可能性もある。市民が協定を理解する必要がある」と指摘する。  (有岡英俊)

(2023年3月29日朝刊掲載)

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