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社説・コラム

『記者縦横』 ゲン 読み継いでいこう

■報道センター社会担当 宮野史康

 千葉県で生まれ育った私にとって、「平和教育」という言葉はなじみがなかった。それでも、原爆や核兵器の廃絶に関心を持ち、被爆地の記者となったきっかけを尋ねられたら、決まってこう答えている。「小さい時、ゲンを読んだんです」。母校の小学校の多目的室には、漫画「はだしのゲン」が置いてあった。

 最初に読んだのは、三つ上の兄だった。「原爆投下の場面はまだ読まない方がいいぞ」。忠告付きで勧められたのは、小学校低学年の頃。どのページで投下されるか分からず、恐る恐るめくっていたのを覚えている。「原爆は怖い」と心に刻まれた原体験だった。

 広島市教委は、小学生向けの平和教育の教材からゲンを削除すると決めた。貧しい暮らしの中、身重の母親のために浪曲を歌って小銭を稼いだり、よその家の池からコイを釣ろうとしたりするゲンの行動が「今の子どもたちには分かりづらい」などの理由を挙げた。

 2月に市教委の削除方針を報道すると、全国で大きな反響を呼んだ。私のようにゲンを通じてヒロシマに触れた経験を持つ人が多いのだろう。市教委の言い分に対しては、別の場面を引用すれば解決できたのではという疑問も残り、今回の決定は残念でならない。

 「ゲンの価値は否定していない」と市教委は説明するが、教材で使われなくなれば、子どもたちが触れる機会は減る。家庭や学校でゲンを読み継いでいこう。原爆の惨禍を学び、平和を築くために。

(2023年3月31日朝刊掲載)

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