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社説・コラム

天風録 『牧野富太郎と朝ドラ』

 水辺や湿地に咲く紫のあでやかな花。カキツバタは万葉集の時代から衣にすりつけ、色を染める風習があったらしい。万葉仮名で「垣津旗」などと表記され、7首に詠まれた。日本植物学の父、牧野富太郎もこの花を愛した▲戦前、植物を求めて各地を歩いた富太郎は八幡湿原(現広島県北広島町)でカキツバタの群生に感激する。万葉びとのしぐさを思い浮かべたのか自分の白いシャツに花の汁をこすり、はしゃいだ話が残る。71歳の時だ▲子どもの頃から植物の分類研究に独学で打ち込み、94歳で死去するまで初心を忘れなかった。きょうNHKで始まる「らんまん」の主人公のモデル。古里の高知では「朝ドラに牧野富太郎を」と署名も集まったと聞く▲確かにお茶の間の感涙を誘いそうな逸話ばかりだ。東京に出て一目ぼれした夫人と支え合い、借金だらけの貧乏生活の中で植物1500種を命名し、数々の図鑑を出す。発見した新種のササには先に旅立った妻の名を▲心ならずも未完となった万葉植物の図鑑も没後65年を経て、ひ孫らの手で世に出たばかりだ。「植物を愛すれば、世界中から争いがなくなる」。生前の至言を思いつつ、ドラマの行方を見守りたい。

(2023年4月3日朝刊掲載)

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