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社説・コラム

天風録 『坂本龍一さん』

 映画「戦場のメリークリスマス」に出演し、曲も手がけた音楽家、坂本龍一さんは20時間を超すがんの手術後、つぶやいたという。「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」。次に月が満ちる6日を迎えることなく、71歳で帰らぬ人となった▲坂本さんのお気に入りだった警句を所属事務所が訃報に添えている。〈芸術は長く、人生は短し〉。年明けの高橋幸宏さんに続く他界に、はかなさをかみしめたYMOファンは多かろう▲いまにして思えば、遺言だったのか。月刊の文芸誌「新潮」に聞き書き風の自伝を載せていた。連載タイトルは、あのつぶやきだった。竹林を渡る風や葉音が心地よく、「山水画に惹(ひ)かれる」と明かした。テクノ・ポップ音楽の「教授」が行き着いた境地▲自伝では、音楽人生はもとより沖縄の米軍基地や福島の原発事故にも触れた。歯に衣(きぬ)着せず、危険を「遠く離れた地域に押し付けている」と。世界が困難にぶつかっている今こそ音楽やアートの正念場、自らの出番なのに…と悔しかったに違いない▲がんを生ききった患者の一人として坂本さんの晩年の言葉や行動を振り返ると、しみじみ伝わってくるものがある。よく頑張られましたね。

(2023年4月4日朝刊掲載)

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