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社説・コラム

『潮流』 語り継げるように

■防長本社代表補佐兼編集部長 長田浩昌

 晩酌を欠かさない。山口市内の酒店で何を買おうか迷っていると、お隣の萩市の地酒に目が留まった。

 赤い能面をデザインした印象的なラベル。「これ、あの時のお酒ですよね」。店の人に聞いてみた。「そう。でもあの人が飲んだとは、もう言いにくいね」。こんな返事が返ってきた。

 あの人とはロシアのプーチン大統領だ。2016年12月に山口を訪れ、当時の安倍晋三首相と長門市で会談した。

 会場の温泉旅館では長門産の車エビの煮物、下関で水揚げされたトラフグの刺し身など23品目が夕食に並んだ。翌日の共同記者会見でプーチン氏が「日本酒がおいしかった」と、銘柄を挙げて萩の地酒を称賛したことを覚えていた。

 当時の紙面を見ると、日ロ首脳会談の舞台となった山口の人々の歓迎ぶりが伝わる。特別機が発着した山口宇部空港や沿道に大勢の人が集まった。ロシアが編入したウクライナ南部クリミア出身の女性は自宅がある広島から駆け付け、取材に答えている。「日ロの友好が深まってほしい」

 あれから6年余。期待は裏切られた。プーチン氏はウクライナ侵攻を続け、核兵器使用をちらつかせる。国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状も出た。山口に来た際、被爆者団体などが広島訪問を求めたが、実現しなかった。もし原爆資料館を見学していたら、何かが変わっていただろうか。

 「プーチンは悪いが、これは良い酒のまま」。勧められ、家飲みとしては値が張る萩の地酒を買った。確かにうまい。5月のG7サミットでも各国首脳が広島の酒や料理でもてなされよう。国際社会の分断を止められるのか。「さすが被爆地に集ったリーダーたち」。そう言えるよう、和平の道筋を示してほしい。

 歓迎したことを、人々がずっと誇り、語り継いでいくためにも。

(2023年4月4日朝刊掲載)

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