×

社説・コラム

天風録 『守らねばならない景色』

 〈紀伊の国の雑賀(さいか)の浦に出で見れば海人(あま)の燈火(ともしび)波の間ゆ見ゆ〉と万葉集に詠まれた。和歌山市の雑賀崎は紀淡海峡を望む斜面に家々が軒を寄せ合う美しい景色の漁村である。和歌山県の開発計画も住民が反対運動でストップさせ、守ってきた▲その景勝地をきのう、衆院補欠選挙の遊説で訪れた岸田文雄首相に目がけて筒状のものが投げ込まれ、爆発した。岸田氏や集まった人々に被害がなかったのは幸いだが、現職の首相が襲われた衝撃はあまりにも大きい▲犯行を伝えるテレビ映像に背筋が凍る。爆発音とともに白い煙が立ちこめた。多くの人の頭をあの蛮行がよぎったはず。昨年7月、安倍晋三元首相が参院選の遊説中、男に銃撃され、命を落とした事件が▲要人警護体制は強化されたはずなのに逮捕された24歳の男はなぜ、やすやすと犯行に及べたのか。G7広島サミットを1カ月後に控えて、検証が急がれる▲岸田氏は1時間後、街頭に立ち「大切な選挙は最後までやり通さないといけない」と述べた。自由な言論と政治参加の機会を踏みにじる卑劣な行為は絶対に許されない。どんなことがあろうとも、われわれが守り抜かねばならない民主主義の景色である。

(2023年4月16日朝刊掲載)

年別アーカイブ