×

社説・コラム

社説 首相演説先で爆発 言論への暴力許されぬ

 有権者の前で演説しようとした政治家を狙った卑劣な暴力は、決して許されない。

 きのう衆院和歌山1区の補欠選挙の応援に入った岸田文雄首相を目がけ、投げ込まれた筒状のようなものが爆発した。演説会場の和歌山市内の漁港は騒然となった。首相は警護官(SP)に警護されて退避し、聴衆にもけが人が出なかったのは幸いだった。

 選挙は民主主義の根幹であり、爆発物と恐怖で言論を封じようとした行為は言語道断だ。

 首相は漁港での演説は中止したが、市内の別の場所から街頭演説を再開した。自身の交流サイト(SNS)に「民主主義にとって最も大切である選挙を行っている。最後までやり通す覚悟です」と投稿した。暴力に屈しない決意を示したといえる。

 現職の首相を狙った犯行は衝撃である。しかも昨年7月に奈良市で参院選候補者の応援演説をしていた安倍晋三元首相が銃撃され、死亡した事件が起きたばかりだ。約9カ月後に再び公衆の面前で、である。警備体制の検証が必要だろう。

 事件の背景を徹底して解明しなければならない。「ドン」と大きな爆発音が響き、白い煙が上がる現場は、銃撃事件をほうふつとさせた。

 爆発物を投げた兵庫県の24歳の男は、威力業務妨害の疑いで逮捕された。聴衆に紛れて近づいたとみられ、筒状の爆発物をもう1本所持していたという。仕様は判明していないが、場合によっては多くの人が巻き込まれ大惨事になった恐れがある。

 動機は不明だが、どのような理由であろうとも暴力に訴える行為は断固、非難する。男は調べに黙秘し、「弁護士が来てから話す」と供述したという。政治や社会への不満があるのか。先の銃撃事件を意識したのか。捜査当局に究明を求めたい。

 改めて要人警護の在り方が重い課題だ。安倍氏の事件を受けた改善策に従い、今回も警察庁が和歌山県警の警護計画を審査し、警護の配置を整えた。爆発物が破裂するまでわずかな間があり、首相を退避させて事なきを得た。だが、男がやすやすと爆発物を投げ込む事態を許した原因は問われよう。

 選挙中の警護は難しい。候補者や政治家は、有権者との距離を縮めたいだろう。今回のように、屋外で大勢の聴衆が取り囲む場面も多い。

 手荷物検査や、不審人物が紛れ込みやすい聴衆との距離をとるなどの対策はとれないのか。選挙活動の自由とのバランスをとりつつ、熟考する必要がある。各地で統一地方選や衆参5補選が続いている。再点検し、万全の体制を敷いてほしい。

 国際比較で日本は安全な国といわれ、銃の規制も厳しい。ただ、首相ら要人の襲撃は過去にも繰り返されてきた。銃や爆発物の作り方をネットで容易に見られる実態も見逃せない。

 広島市で開催される先進7カ国首脳会議(G7サミット)が約1カ月後に迫った。人出や交通量が多い都市での開催である。参加する首脳の数も多い。耳目を集める場として、テロの標的にされる可能性がある。

 今回の事件の影響が気がかりだ。要人警護に隙が生じれば、諸外国の信頼を損ねる。想定外が起こり得ると警戒を強め、徹底した安全確保に努めたい。

(2023年4月16日朝刊掲載)

年別アーカイブ