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社説・コラム

社説 被爆樹木伐採 物言わぬ証人 守り続けたい

 広島市東区の京橋川沿いにあった被爆樹木が、広島県発注の工事で誤って伐採された。爆心地の北東約2キロにあるシダレヤナギで、高さは3メートルほどだった。

 市民から通報を受けた市が、広島県に指摘して分かった。先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)の関連予算による工事で、3月に伐採されたという。

 原爆投下から今夏で78年。惨禍を身をもって知る被爆者の高齢化が進んでいるだけに、被爆樹木をはじめ物言わぬ証人は役割を増している。今回の反省を基に、市や県は改めて、保護に力を尽くさなければならない。

 被爆樹木は、原爆の爆風や熱線、放射線を体験し、今も命の火をともしている。まさに原爆被害と復興の証人だ。とりわけ川沿いの木は、力尽きた人たちの浮かぶ地獄のような川面を目の当たりにしていたはずだ。

 市は爆心地から約2キロ以内で閃光(せんこう)を浴び、現存する160本を登録し、ホームページやガイドブックで普及を図っている。

 伐採されたシダレヤナギも登録されていた。管理者は県だが、工事を発注した県の出先事務所は、被爆樹木だと認識していなかったと弁明している。

 県の担当部長はおととい「貴重な被爆樹木を伐採した。県民に深くおわびする」と会見で述べた。被爆樹木を守る意識や県内部の情報共有にほころびがなかったか、点検が欠かせない。

 被爆樹木だと気付いてもらうため、通常は周知用のプレートを付けている。ただ160本のうち、3本には付けられていなかった。その1本が今回伐採された。残り2本は民間所有で、いたずらでプレートがなくなったりした、という。

 県はプレートを付けても茂みで見えないなどと判断したようだ。もし付けていれば「うっかり」は防げたかもしれない。

 気になるのは、伐採された木の切り株が空洞のように見えることだ。樹木医による定期チェックで、樹勢の衰えは市も把握していたが、土地が狭いなどで対策を講じるのは難しいと判断したという。よわいを重ねた木が多いだけに、それに合わせた対策の練り直しが必要だ。

 物言わぬ証人といえば、被爆建物も重要だ。市は爆心地から約5キロ以内の86を登録している。市内最大級の旧陸軍被服支廠(ししょう)と広島大本部跡地の旧理学部1号館が今、関心を集める。

 被服支廠は軍都広島の記憶を伝える建物でもあり、市民に身近でヒロシマ学習にも活用できる案づくりが急がれる。旧理学部1号館は、平和に関する研究・教育の拠点に生まれ変わる。

 こうした物言わぬ証人が存在感を増しているのは、被爆者が減っているからだ。昨年3月末時点で初めて12万人を下回り、ピークだった1981年の3分の1以下にまで減った。被爆者のいない時代が近づいている。

 自らの体験として原爆被害を語れる人も少なくなってきた。広島平和文化センターの証言者は本年度は33人。5年間で12人減った。被爆証言を続けるためのハードルは高くなっている。

 核兵器をなくすため、原爆がいかに非人道的かを訴え続ける。それが、被爆地に課せられた使命だろう。被爆者のいない時代を見据え、市や県は、物言わぬ証人の存在意義や活用策を見直すべきだ。私たち住民も関心を持つようにしたい。

(2023年4月21日朝刊掲載)

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