×

社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「どうぶつ会議」 エーリヒ・ケストナー文、ヴァルター・トリアー絵、光吉夏弥・訳(岩波書店)

人間の愚かさに業煮やす

 日頃から眠りが浅く、夢ばかり見ている。先ごろは空襲に遭う夢におびえて飛び起き、思わず隣で眠るわが子の安全を確認した。こんな夢を見たのも、「新しい戦前」という言葉が話題となるご時世だからか…。思案すると同時に、本書に登場するゾウのオスカーの言葉が頭に浮かんだ。「かわいそうなのは、子どもたちだ!」

 ドイツの作家ケストナーが1949年、子ども向けに書いた寓話。ライオンのアイロス、キリンのレオポルト、そしてオスカーがぷりぷり怒っている場面から始まる。人間は利口で泳いだり走ったり何でもできるのに、やることと言えば「戦争さ!」と。

 第2次世界大戦が終わって4年たった頃。人間の世界にはもう新しい戦争への動きがあり、平和のためにと会議を繰り返すもなかなか意見はまとまらない。業を煮やした動物たちは「子どものために」と世界中から集まって会議を開く。そして人間の国家元首たちに「すべての国境をなくす」「軍隊と大砲や戦車をなくし、戦争はもうしない」といった取り決めを要求する。

 戦中、反体制的だとしてナチスによって国内の書店から著作を撤去され、出版執筆を禁止されていたケストナーが、長い沈黙をやぶって出版した一冊。ユーモアを交えて描いた動物たちの心配の種は、残念ながら今も消えていない。

 被爆地での先進7カ国首脳会議(G7サミット)が迫る。ただ繰り返すばかりの会議や国家元首のパフォーマンスの場にしてはなるまい。戦争でも核でも命が危険にさらされるのは人間にとどまらない。首脳陣は具体策を示さなくては。動物たちが怒りだす前に。

これも!

①エーリヒ・ケストナー著、酒寄進一訳「終戦日記一九四五」(岩波文庫)
②クラウス・コルドン著、ガンツェンミュラー文子訳「エーリッヒ・ケストナー こわれた時代」(偕成社)

(2023年5月1日朝刊掲載)

年別アーカイブ