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連載・特集

9条の現在地 <下> 専門家に聞く

改憲論議 どう見る

 与野党で活発になる憲法9条を巡る議論をテーマに、かつて広島で教壇に立っていた専門家2人から見解を聞いた。早稲田大法学学術院の水島朝穂教授(憲法学)は「理性的な議論が求められるが、不安に便乗して推し進めている」と指摘する。東京外国語大大学院の篠田英朗教授(国際政治学)は「日本が国際社会と足並みをそろえて活動するための改憲が必要だ」と述べた。ともに、広島市である先進7カ国首脳会議(G7サミット)や岸田文雄首相の言動にも目を向ける。(山本庸平)

早稲田大法学学術院 水島朝穂教授

権力側が前のめり 奇妙

 憲法を巡るこの国の状況は奇妙である。権力の暴走を防ぐ狙いがある最高法規だ。その縛られる側にある国会議員たちが、「規制緩和」を求めて、前のめりになっている。

 ウクライナや台湾の状況から国民の不安も生まれているが、それに便乗して改憲に向かう空気が醸成されている。憲法は国の重要な骨格であり、改正を主張する側に高い説明責任が求められる。審査会で議論されているものには、法律で対応可能なものもあり、緊急性も必要性もない。

 岸田内閣は昨年末、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を閣議決定で決めた。これまでの「自衛のための必要最小限度の実力」という政府解釈のラインを踏み越えるものだ。このままいけば、改憲すら不要とする憲法蔑視の状態が定着しかねない。公明党も、自民党と距離をとるポーズを見せ始めた。

 首相が進める軍事大国化の路線は、周辺国に軍拡をさらに進める口実を与え、北東アジアに「新たな戦前」の状況を生み出しかねない。広島には日清戦争時には大本営が置かれた。かつての「軍都」を想起させるサミットではなく、被爆地で開くからには何よりまず平和を論ずるべきだ。

みずしま・あさほ
 早稲田大大学院法学研究科博士課程単位取得退学。広島大総合科学部助教授などを歴任し、1996年現職。ホームページ「平和憲法のメッセージ」で積極的に発信を続ける。著書に「平和の憲法政策論」など。東京都生まれ。70歳。

東京外国語大大学院 篠田英朗教授

国連憲章と整合目指せ

 自衛隊を憲法に位置づける自民党の案は一定に理解できる。ただ、多くの人が自衛隊を合憲と考えている現状では、自衛隊を条文に入れるだけの改憲に大きな意味はない。集団的自衛権を認めている国連憲章と、行使を認めていないとの解釈がある9条を合致させることを目的とするべきだ。

 施行後の76年で複雑な解釈がなされ、日本と国際的な「平和」の観念が懸け離れた。日本の憲法を「世界最先端」といい、9条が国連憲章の諸原則を超越した存在であるかのような主張が一部でなされている。戦後、国連憲章を踏まえて、国際秩序を守る国になると誓ったのが憲法の趣旨だ。イデオロギーを超え、白紙の心で捉えてもらいたい。

 ロシアによるウクライナ侵攻など、日本が国際貢献していくのに9条が制約となっている面もある。失われた国際協調主義を取り戻さなくてはいけない。

 広島サミットでも、ロシアへの制裁強化など国際社会と一致した行動が岸田首相には期待される。ところがその行動が、違憲だという話が出かねないのは由々しき事態だ。日本が国際社会の一員として進むため、おかしな憲法の文言や解釈はないか、不断に点検していくことが重要だ。

しのだ・ひであき
 早稲田大大学院政治学研究科修了。ロンドン大で博士号取得。広島大平和科学研究センター准教授を経て、2013年現職。広島平和構築人材育成センター代表理事も務める。著書に「はじめての憲法」など。神奈川県生まれ。54歳。

憲法9条
 憲法の三大原則の一つである平和主義を規定。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とする1項で戦争放棄をうたう。「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と記す2項で戦力不保持と交戦権の否認を定めている。

(2023年5月2日朝刊掲載)

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